マジック

「お~い、千草」


 ゴメン、ゴメン。朝御飯の最中だった。スープも醒めちゃった。あれっ、コータロー、千草の顔に何か付いてるとか。


「いやいや、千草はいつどこで見ても美の化身やと思うて」


 どこがだよ。ブサイクの巨大な十字架を背負って生きてる女だよ。食事が終わったらどうしよう。


「デッキで海見よか」


 後部デッキで海を見てたのだけど、海って見てるだけで心が癒される気がする。コータローも黙って見てくれてるのが今は助かる。あんだけのトラウマが甦ってしまったから、悪いけど今は出来たら話をしたくないんだ。



 新日本海フェリーは国内では最大級のフェリーのはず。だからプチでもクルーズ気分をこうやって味わえるのだけど、しょせんはフェリーであってクルーズ船じゃない。設備はフェリーとして考えると十分ではあるけど、クルーズ船と較べるとアミューズメント施設は少ないんだよね。


 あるのはショップとゲームコーナーとシアターぐらいかな。シアターでは無料で映画も見れるけど、さすがに最新作じゃない。当たり前か。でもあるのはそれぐらい。後はキッズコーナーぐらいがあったはず。


 クルーズ船と言っても乗った事なんかあるはずもないけど、本格的な劇場があって専属劇団がいたり、プールがあったりするって言うもの。他にもカジノとか、本格的なバーとか、ダンスホールとか。


 そこまでの長旅じゃないから、これぐらいでも十分なんだけど、それでも乗船客のためにイベントもやってるんだ。ビンゴ大会とか、バルーンアートとか、ピアノとか、ウクレレとか、ギター演奏とか。


「今日はマジックショーみたいや」


 後部甲板でやってくれてた。マジックってテレビで見る時はあるけど、実際に見るのは初めてなんだ。


「上手いもんや」


 千草もそう思った。テーブルマジックにプラスアルファ程度だけど、いやぁ、こんなに楽しいんだ。


「そういうたら古いマジックのネタばらしのサイトがあったな」


 ああそれ見た。マジックって騙されて楽しむものだけど、やっぱりさ、どうなってるのか知りたいのが人情みたいなものだよ。でもさぁ、あそこまでやってるんだね。


「タネがあるからマジックになるんやが、そこからタネかって思ってもた」


 大ネタのマジックの定番にモノを消し去るはある。あったはずのものが、一瞬に消えてなくってしまうマジックだ。そのマジックでは、なんとなんとインド象を消したんだ。


「なんか広場みたいなとこにインド象が出て来るんよな」


 どうみたって本物のインド象なんだけど、インド象の周りを子どもが取り囲んでさらに手まで繋ぐんだ。そうしておいて、マジックだからインド象の前に幕が下ろされる。


「それでやけど、マジシャンは現場におるんやのうて、スタジオからインド象を消してまうんや」


 そういう魔術を使うって設定だけどミスターマリックも真っ青だ。


「千草も若いはずやけど・・・」


 歳は取ったけど生きてるしまだ現役だ。勝手に過去の人物にするな。ミスターマリックはともかく、その時のマジシャンはスタジオから魔力を送るんだ。その瞬間に幕が落ちるのだけどインド象は消えてなくっていた。


「あそこまでグルなんはビックリした」


 千草もそう思った。そんな状態からインド象を消そうと思ったら、穴を掘って隠すとか、幕の後ろから密かに抜け出すぐらいはまず思い浮かぶけど、とにかく相手はインド象だ。助手として協力してくれるはずもない。


 だってインド象が動いて消えるには、手を繋いだ子どもたちを飛び越えなくちゃならないじゃない。なのにインド象は一瞬にして消えてしまったもの。


「マジシャンが現場やのうてスタジオにおるとこからタネやってんよな」


 見てる方からしたら離れているから難度が上がったにしか見えないけど、そうじゃなかったんだ。あのマジックの最大のタネは、スタジオからマジシャンが魔力を送るシーンだったんだよ。


「マジシャンの見せ場みたいなとこやから、スタジオで魔力を送るシーンのアップになるし、そうなるのが当然としか誰も思わへんやん」


 けどさぁ、その瞬間ってインド象の中継が途切れるのよ。その間に子どもたちは移動するんだ。どこにだってか。そんなもの幕だけがある、たぶんお隣ぐらいのとこだったはず。


「よう訓練されとる子どもやった」


 そうなる。同じ立ち位置に即座に移動してたものね。そこで中継画面に戻りインド象がいない幕が下ろされ、インド象は消えてしまうって段取りだった。


「ついでに言うたら番組もフィナーレになって終わりやった」


 見ている方はまさに煙に巻かれたなんてものじゃなかったはず。


「ジェットコースターのも凄かったな。アクシデントさえ全部タネやったやんか」


 そうだった。それは脱出モノのマジックだ。困難な状況から脱出して生還するパターンかな。


「あんな大掛かりな仕掛けだけで度肝が抜かれるわ」


 ジェットコースターからの脱出だったのだけど、なんと、なんと、ジェットコースターのコースに改造までされてたものね。ジェットコースターって、ぐるっと回って戻って来る乗り物だけど、わざわざコースを変えて、


「最後にコースから放り出されて地面に激突するようにされとった」


 そのコースから放り出される寸前のところに小屋みたいなものが設置されて、そこを突き破ってコースターが飛び出す設定になっていた。マジシャンはコースターに乗せられた箱から脱出する設定だったけど、


「あそこからマジックやってんよな」


 コースターの上に箱が載せられてるんだけど、マジシャンは箱の上の蓋に鎖で繋がれてしまうんだよ。鎖は南京錠がかけれるだけでなく、


「箱の蓋って回転する仕組みやった」


 つまりマジシャンは箱の蓋の上で磔状態になり、その蓋がくるくると回転する状態にされ、それこそコースターがコースから飛び出す寸前にある小屋を、ぶち破った瞬間に脱出すると説明されていた。そうしないと死んじゃうけど、


「さらなる条件もタネやったなんて・・・」


 そうなのよ。ここまでだけでも脱出は不可能としか思えないのに、コースの途中で発火装置が作動して箱に火が着くとまでされてた。マジシャンが箱の蓋に磔状態にされ、蓋が回転してマジシャンが箱の中に見えなくなった時点でコースターはスタートした。


「そこでアクシデントが起こるんやが、それがマジックのタネやったなんて誰も思わんやろ」


 発火装置はコースの途中で作動するはずだったのだけど、コースターがスタートして、そうだな、最初の坂を登り切って下りかける作動しちゃったのよ。さらにその影響で箱の蓋が回転する仕組みも動かなくってしまったんだ。


 見てる方にしたら予定外のアクシデントだから、どうなってるんだって思うしかないけど、コースターって坂を下り始めたらもう止められないじゃない。


「放送事故やって思ったんも多かったんやないか」


 火が着いたコースターはコースを走り切り、小屋を突破して地面に激突。そしたらマジシャンは小屋から現れ無事脱出した姿を見せて番組は終了してた。


「全部カラクリやってんよな」


 マジックのタネはわかってしまえば単純で、スタート地点で箱の蓋が回転し、マジシャンが見なくなった瞬間に脱出は終わってた。あの手の鎖とか南京錠にあらかじめ仕掛けがしてあるのは当然だし、縛ったり鍵をかけたのも助手みたいな人だったもの。


 箱にも仕掛けがしてあって、すぐに開いて外に出られるんだ。カメラアングルも十分に計算してあって、箱から脱出したマジシャンが見えないようになってた。悠々と脱出に成功したマジシャンは、コースターが回ってる間に小屋に移動し、


「ついでに火に包まれてたから煤けたメイクもしとったな」


 コースターが小屋をぶち破って地面に激突してからおもむろに姿を現したぐらい。


「箱からの脱出のタネは古典的かもしれんが、ホンマのマジックはひたすらコースターに注目させ続けた演出やろ」


 発火装置が事前の説明より早く作動させたのがそうだ。あれでまず見る者はアクシデントと直感してしまうし、箱の蓋が回転しなくなる理由もなんの疑いもなく受け入れてしまう。


「やっぱり炎の効果は大きいで」


 それもある。どんな炎になるかの説明はされてなかったけど、かなり大きな炎になってたし、そんな炎を上げるコースターが走る様子って嫌でも注目されるじゃない。さらに言えば走り出してしまったコースターが止められないのも加わる。


「中継のアナウンサーもグルやな」


 ひたすらアクシデントの可能性を煽ってたのよね。そこまでされれば見てる方はひたすらコースターに釘付けにされるだけじゃなく、コースターの箱の中にマジシャンはいるはずだとしか考えられなくさせられてしまうってこと。それ以外に注意を向けさせる余力を奪い取ってた。


 そのためにコースの改造とか、着火装置のアクシデント、さらに予想を超える炎を上げさせてる。それもこれも、スタート時点で脱出を済ませているのじゃないかの疑念を抱かせないためのマジックだったんだ。


「そやけどな。マジックのタネを知りたいのは人間の本性みたいなもんやけど、あれって騙されたままでおるのもありやと思う時があるねん。騙されたままやったら、それもある意味真実や」


 歴史上の英雄なんてそうかもしれない。激烈な争いを勝ち抜いた英雄が綺麗ごとだけのはずなんてあり得るものか。それこそ人を騙しまくって英雄と言われる地位に就いたはずだもの。


「そういうこっちゃ。それこそウソ八百並べたことかってあるはずやねん。そやけどな、でっかすぎるウソは逆に暴かれへんねん。暴かれんどころか偉業として称えられるぐらいや」


 角田のクソ野郎が千草にやらかしたのは寸借詐欺とか、クレクレ詐欺レベルだ。あんなウソに騙されて処女を散らされた上に、その直後にタネをばらされた千草が惨めすぎる。せめて騙したままにして別れのるが女と男のマナーだろう。


 そうであればまだ千草は幸せだった。たとえ情報通の友人が真相を教えられたって信じなかったかもしれないぐらい。いや、その前に聞きもしなかったと思う。そうだったら悲しい恋の一つになってたはず。


「オレも実は千草にマジックをかけてるねん」


 コータローまで千草を騙したって言うの。


「オレのは英雄クラスやと思うてるで。千草がどない頑張っても抜け出せんぐらいや」


 ああ結婚式の愛の誓いと婚姻届けの事か。


「わからんか。そやけどもう手遅れになっとるんちゃうかな」


 なんのこっちゃだ。

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