八幡平アスピーテライン

 角館は堪能したからツーリングに戻る。


「まず田沢湖の道に戻るで」


 それ芸ないぞ。まあ、予定が急遽変わったから認めてやろう。もう田沢湖には行ったからそのまま北上するのだけど、こ、これは登るな。


「ツーリングに来たからには峠がオレを呼んどるわ」


 あのね、それはHAYABUSAに乗ってる時に言いなさい。


「なに言うてるねん。モンキーでトコトコ登るんがエエんやないか」


 目指してるのは全国でも屈指のツーリングコースとしても名高い八幡平アスピーテラインなんだ。アスピーテライン自体は高原ツーリングみたいなものだそうだけど、問題は高原に登るまでだ。


「心配せんでもオレらは神戸のバイク乗りやから六甲山は庭みたいなもんや」


 ウソつけ。たしかにコータローと六甲山にはモンキーで登った。そのまま縦走して西宮の方から下りては来た。けどな、あの時にコータローは言っただろうが、


『六甲山は走ったってだけでエエやろ』


 走るには走れたけど、やっぱりモンキーには歯応えがあり過ぎたから、あれで終わりしようと言ってたじゃないの。それのどこが庭だって言うのよ。


「それにやで、砥峰高原から峰山高原の縦走も余裕で走っとるで」


 ああ、走った。ススキが原は感動モノだったけど、登りはきつかったぞ。砥峰高原から峰山高原の大河内高原ラインなんて、名前詐欺みたいな道だったじゃないの。あれのどこが余裕だって言うのよ。モンキーの限界に挑戦してますだったぞ。


「あれよりラクなはずや」


 とは言うものの千草だってバイク乗りの端くれだから、八幡平アスピーテラインは走ってみたいのはあるんだ。コータローの言う通り、六甲山だって、砥峰高原だって走れたから、モンキーだって走れる・・・はず。


 宝仙湖ってのを越えてひたすら登りと格闘しながら考えてたのだけど、モンキーは殴っても蹴っても非力だけど、ホントにちゃんと走ってくれるバイクなんだ。コータローの言う通り、六甲山だってなんだかんだと言いながら登ってくれたものね。


 六甲山ってさ、毎日のように見てる山だし、山頂には観光施設だとか、保養施設もゴッソリある山だ。日常感覚的には険しいとかのイメージは少ないけど、決してそんな甘い山じゃない。急勾配とヘアピンカーブの団体さんみたいなものなんだよ。


 あれを登れたら、日本の殆どの山道、とくにツーリングコースとされてるところは登れるはずなんだ。千草だってモンキーを買う時には、非力さは気になってた。だって、だって、たったの十馬力しかないんだもの。


「九・四馬力やから四捨五入したら九馬力や」


 いくら軽量だと言っても、バイクなんか重くても二百キロぐらいじゃない。言うまでもないけど、二百キロもあるバイクは、なんだかんだで百馬力近くあるもの。パワーが十分の一で、重さが半分でどれぐらい走ってくれるか、どうしたって心配になるじゃない。


「大きいバイクのパワーは魅力的やが、あのパワーをフルに活かせてるバイク乗りなんか滅多におらん。あんなもんフルに使うたら命を抱えて崖から落ちるわ」


 わかったような、わからないような。


「大型の馬力なんか、半分どころか、三分の一も使えとらん。いや、もっともっと少ないはずや。ああいうバイクは、そういう余裕を楽しむバイクや」


 それはありそうな。


「そやけどな、モンキーはちゃうねん。それこそ持てる力を振り絞れんと走れんバイクや」


 今もそうだ。


「そやから千草が思うほど差はあらへんねん」


 と言うそばからまた追い抜かされた。さすがに速いよ。余裕のよっちゃんで消えて行きやがった。それでもコータローの言わんとするところは、それなりぐらいだけどわかるかな。そんな話をしながら登ってたら、


「あそこを右や」


 アスピーテラインって書いてあるぞ。あれっ、左に見えるモニュメントに北緯四十度って書いてあるけど。


「そのままの意味やん」


 神戸で北緯三十五度ぐらいで、本州最北端の大間崎で四十一度、宗谷岬で四十五度なのか。とにもかくにも北緯四十度にモンキーで轍を刻んだ女になったぞ。それは嬉しいけど、ここって高原に上がったはずよね。


「上がっとる、上がっとる。まあ高原言うてもアップダウンはあるさかい」


 どこがだ! ガチガチの登りじゃないの。急勾配のヘアピンまであるのに、これのどこがちょっとしたアップダウンなのよ。


「ちょっとしたは言うてへんで。そやけど、もうちょっとや」


 コータローの『もうちょっと』詐欺に騙されながらヒーコラ言いながら登って行くと、段々と左右の林がまばらになって空が開けて来て、これって、


「展望台があるさかいちょっと見てみよか」


 大沢展望台ってなってるけど、千五百六十メートルって、


「氷ノ山よりちょっと高いぐらいや」


 やられた。なにが六甲山だ、砥峰高原だ。桁が違うじゃないの。でもそれだけの高さがあるから、


「東北の森林限界は千六百メートルぐらいやそうや」


 この風景はまさに壮大だ。


「来てよかったやろ」


 認めざるを得ないな。これが見れるのなら登っただけの価値はオツリであるよ。そこから間もなくレストハウスがあってちゃんと休憩。でなんだけど、このレストハウスは八幡平の山頂でもあるのだけど、なんとだよ、秋田と岩手の県境でもあるんだ。


 岩手にまでモンキーの轍が刻める日が来るなんて思わなかったな。それもこれも、コータローのお蔭だ。最高のツーリングパートナーだし、人生の手放せないパートナーだもの。後はこれで、


「もう五馬力欲しないか」


 欲しい。どんなにモンキー乗りの強がりをしたってパワー不足はどうしてもね。でもね、モンキーはこのパワーで八幡平アスピーテラインだって走れるんだ。だからこれで千草は満足だ。この道なんだけど、当然ながら冬は雪が積もる。それも半端じゃないぐらい積もるそうなんだ。


「五月の連休の時は雪の回廊のツーリングも出来るそうや」


 それはそれで壮観なのだろうな。レストハウスで生理現象も解消していざ岩手県だ。あそこに見えるのが岩手山なのか。これもまた雄大だ。ただしばらくすると林間コースに。森林限界を越えてるのは山頂部だけみたい。


 下りは下りで消耗するのよね。モンキーぐらいでも勢いが付くから、気を張ってないと谷に落っこちるか、ガードレールと熱烈キスが待ってるもの。


「ガードレールの野郎が千草とキスなんかしやがったら」


 しやがったら、どうしてくれるの?


「救急車呼ぶわ」


 あのねぇ、それでも医者でしょうが。もうちょっとなんとかしろ。やっと人里に下りて来たぞ。ここは岩手県なんだ。とはいっても、だからと言って道が岩手県になってる訳じゃないけど、


「どんな道を期待しとるねん」


 それを言われても困るな。とりあえず道路標識に出て来る地名がチンプンカンプンだ。参ったか。


「あそこの交差点を右やで」


 樹海ラインって言うけど、富士山からは遠いはず。


「こっちも樹海や」


 返事は、それだけかよ。ボケてるのにツッコミに切れ味が悪すぎる。コータローもヘバって来てるみたいだ。

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