第3話

 顔合わせから、俺とフィオナは仕事で共にいる時間が増え始めた。


 最初は自領での仕入れや販売時の税金。次第に他貴族への顔色かおいろうかがいの贈り物の相談。

 気付けば、頻繁ひんぱんに彼女が隣にいた。そして私も、それが当たり前と感じていた。


「……貴方とは以前からお会いした事があるような、そんな感覚を覚えることがある。出会ったのはつい最近だというのに」


「私も同じ気持ちです、リッド様。どうしてこんなにも、貴方のそばが落ち着くのか……こんな気持ちは、初めての事です……」


 お互いに不思議な温かさを共有していた。

 それが、『運命』とでもいうように……


 だが、平穏へいおんと思った時ほど、問題とは起こるモノなのだろう。

 彼女と知り合い、時を過ごして季節を幾つも越した時……


 周辺貴族が突如とつじょ、声を上げた。それは連名によるラング領のさらし上げであった。


 屋敷には王都からの使いが来ると、召喚しょうかん内容を読み上げる。


「『ラング男爵は幼くして両親を失った結果、領地の管理、運営が適切ではない。このままでは領民、ひいては王国にとって不幸が訪れると考える。宰相さいしょう殿、ラング男爵の所領しょりょうをはくだつする事を提案いたします』。この件の釈明しゃくめいを、王都にて行って頂きたいとの事。近日以内に王都へ向かってください」


 さも問題が起きているかのように糾弾きゅうだんされていた。拒否など出来ない。


 まだ、ラング家から絞り足りないというのか。

 周辺貴族にはそれなりに贈り物をしてきたというのに、全てを欲すると……


 急遽きゅうきょ、私は釈明する為に王都へ向けて移動せねばならなくなり、ラング領の運営を誰かに一任いちにんさせる必要が出てしまった。


 だが両親が死に、所領が分割された時に家臣は去っていった。それまでの事など忘れ、消え去る貴族だと見捨てられた。


 任せられる者など少し前までは居なかった。


 だが今は一人だけ……私に寄り添ってくれる者に心当たりがあった。

 フィオナだ。


 彼女に急ぎ屋敷に来てもらおうと、しらせを執務室で用意していると――当のフィオナが私のもとへ来てくれた。


 なぜ、彼女はそばにいてくれるのか……思えば、何かある時はフィオナの姿が共にある。

 それがこんなにもホッとするとは。


 慌てて、フィオナが姿を見せた庭へ向かう。


「リッド様、どうかされたのですか? そんなに急いで……」


「先ほどラング領はく奪について、王都から召喚する使いが来られた。周辺貴族が訴えた件は誤りであると釈明せねばならない。フィオナ殿、私には頼れる家臣は居ない。それでも、私が領地を離れている間、代行をしてくれないだろうか……虫の良い話だが、私には誰も――」


「任せてください!」


 フィオナは目をらさず、まっすぐに私を見ていた。


「貴方を……貴方の居場所は……留守の間、奪う口実など与えません」


 力強く私に告げるフィオナ。


 彼女の献身けんしんが、こんなにも自然に思える理由が、どうしても分からなかった。

 だが一つだけ確かなのは──今、私が彼女を疑う理由は何一つないという事だ。


 そんな不明瞭ふめいりょうな私の心すらも、彼女は受け入れるように、手を取る。


「決して、無茶はしないでください……領地は私が守っております……ですから、どうかこれを……私だと思って懐に……」


 フィオナは綺麗きれいな宝石を私に手渡す。

 その宝石は小さい、けれどにごりなくき通っていた。指でつまのぞけば、彼女を小さく映し出す。


 なぜか……宝石の先に見えたフィオナは、今よりも髪が長く……そして悲しそうな表情に見えた。どうしてか、一瞬そう見えた。


「……フィオナ殿?」


「はい……?」


 宝石からフィオナに視線を移せば、普段の柔らかな笑み。その髪も、表情も変わりない。

 恐らくは今後の不安でそう見えただけだろう。気のせいだ。


「いや、なんでもない。ありがとう……私から手渡す物がなくて申し訳ないが……」


「そんな事、気にしないでください。リッド様が無事に戻って来る事が、何よりも嬉しいのですから……それを、いつも傍に……」


 胸から小袋を取り出し、宝石をしまう。

 宝石が不安をやわらげるかのような……そんな感覚を与えてくれた。


「ありがとう……優しく包まれているような……温かみを感じる。決して離さないとちかう」


 フィオナが自ら来てくれた事で、出発まで猶予ゆうよが生まれた。


「お父様にも伝えて出てきました。ですから今日はこちらで、仕事の引継ぎを……」


「グレン殿が、許可されたのですか? 婚姻前こんいんまえの女性を貴族の、私の屋敷に一人で向かわせる事を」


「……押し通してきました。理由は深く言えません……けど、何故かそうすべきだと……そう思ったんです」


 ……なぜ、この言葉に安堵あんどするのだろう。

 そう思った時には、私の口は言葉をつむいでいた。


「フィオナ・ルミナス殿。私と……結婚して頂きたい」


 自然とれた言葉。

 だが、彼女は驚く事もなく――


「はい……! リッド様……! あんな事は、絶対……」


 私の胸に飛び込み、そう小さく呟いた。

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