第四五話

 久しぶりに再会した同級生たちは、外見こそ派手な色を纏っていたが、その中身は十五年前とさして変わっていないようだった。集められた顔ぶれを一目見て、主催者は自分たちの内情をこと細かに調べ上げたのだと、友幸は悟った。そして、そのメンバーを選んだのが、下級生の片森だということに、友幸は密かな驚きを覚える。


 浩勇の貼りついたような笑みは、相変わらず不気味な偽善者ぶりを物語っていた。友幸が捨てた吸殻まで丁寧に拾い上げ、袋にしまうその異質さに、友幸の心には警戒の色がにじむ。


 やがて到着したボロボロのマイクロバスは、友幸が描いていた片森のイメージを覆すものだった。学園を丸ごと買い取るほどの男ならば、もっと豪華なバスを手配するだろう。金の払い方まで異様な男に、友幸はますます片森という人物の輪郭が掴めなくなっていく。


 シャトルバスを降りた一同が、廃墟となった学園を眺め、撮影を始めたいと騒ぎ出した亮に気を取られている間、ただ一人、集団から離れてバスの運転手に近づく影があった。浩勇だった。友幸は遠巻きにその様子を観察する。二言三言言葉を交わした後、彼は深々と頭を下げてバスを降りた。その直後、バスは動き出し、友幸は確信した。あれは浩勇が「帰っていい」と指示を出したのだと。窓越しに見えた運転手の安堵しきった顔は、浩勇が言うような「元々の指示で戻った」という説明とはかけ離れていた。それ以来、友幸の浩勇への警戒は解かれることがなかった。


 いつもなら傍観者を決め込む友幸だったが、この日ばかりは少し違っていた。せっかく変革を求めて行動を起こしたのだから、この謎に自分も参加してみようと考えていた。十五年前の事件の真相が気になっていたのも確かだ。少しでも手掛かりを見つけ、自分だけでもあの謎を解き明そう。そんな思い始めた中、動画配信に夢中な亮が仕切り出した時には、さすがに苛立ちを覚えた。しかし、彼はあの事件の第一発見者。友幸は苛立ちを抑えながら、当時のことを亮に尋ねる。彼の話を聞けば、何かヒントが得られるかもしれない。そう思ったが、その話に情熱の火がともることはなかった。冷めた目でその話を聞きながら、やはり謎解きなど気取ったことは自分には合わないと感じていた。


 だが、そんな友幸の心を揺さぶる出来事が起きたのは、片森の校内放送がきっかけだった。メンバー全員が体育館に集められ、ステージにぶら下がる片森の遺体を目にした瞬間、どうしようもない興奮が彼の全身を駆け巡る。遺体の一部が地面に落ち、文佳の悲鳴が響き渡る。言葉だけで伝えられた朝川たちの事故死とは違う、本物の死であり、リアルな謎。友幸がずっと求めていた、心揺さぶる恐怖と興奮、そして先の見えない未来が、ついに目の前に現れたのだ。


 遺体に近づき、議論する浩勇たちを、友幸は黙って見ていた。腐敗の進んだ遺体は、ネクタイと服装から片森のものだと推測されたが、誰も確信を持てない。誰もが恐怖し、混乱している。


 そんな中、亮が震える声で叫び、離脱を宣言した。本物の死体を前にして怖気づいたのだろう。人間として当然の反応だとは思う。しかし、浩勇が彼を引き止めようとするのを、友幸は静かに制止した。彼の直感は、彼を引き留めない方が、もっと面白いことが起きると告げていた。


 亮が去った後、浩勇と智利、文佳が彼を追って校門へ向かう。友幸も彼らを追いかけようと足を踏み出した瞬間、地面に横たわる蜂の死骸が目に留まった。何気なくそれを見た友幸の脳裏に、一つの考えが閃く。念のため、彼はその死骸をハンカチに包み、ポケットにしまった。


 少し遅れて校門へ向かうと、文佳の悲鳴が聞こえた。駆け寄ると、校門の前で亮が倒れている。感電死だと智利が言った。通用口に感電装置が仕掛けられていたと聞き、友幸の脳裏に、亮が最後に扉を閉めた瞬間が蘇る。あの時、一体誰が彼に扉を閉めさせたのか。


 友幸の心はさらに躍り出す。ありえないと思いながら、スリルを求めるために見ていたホラーのような世界。安全な場所から滑稽な者たちを見て笑う、あの快感が、現実で、目の前で、手が届く場所で見られる。これ以上の興奮はない。だからこそ、友幸はこれを完全で完璧で美しいデスゲームになることを願った。小説よりも、もっと残酷で滑稽な演出が見られると信じるように。


 浩勇が体育館のステージに置かれていた封筒を開け、中身を読み上げる。そこに書かれていたのは、コンテナハウスの存在と要求だった。主催者の目的は、どうやら朝川たちの資料の在処だけだ。そうなると、友幸が望むようなデスゲームは始まらない。もし殺しに発展したとしても、資料を見つけ出した瞬間に皆殺しにされるだけだ。そんな結末はつまらない。


 変革を起こしたいのなら、自ら波風を立てるしかないのだ。友幸は行動を開始した。


 まず、疲弊しきった栄に声をかけ、自分と同じテントで眠るように促した。そして、あえてテントの奥を使う。その後、食後、全員の不安を煽るような話を切り出し、文佳を挑発した。友幸は知っていたのだ。栄が、学力とは違う権力で生徒や教師を支配していた文佳を嫌悪していたことを。


 この不安しかない状況で、ほんの少しだけ力を加えれば、自分が望む展開が動き出すと考えていた。文佳を怒らせ、栄を揺さぶり、その日は床についた。あらかじめ倉庫から持ち出したゴルフのドライバーを、護身用と見せかけてテントの前に置く。これが、栄が決行するきっかけとなるだろう。


 予想通り、文佳が何かを思い出して部屋を抜け出した瞬間、友幸はわざと寝返りを打ち、栄を起こした。文佳のヒールの音は特徴的で、すぐに彼女だとわかった。栄にも躊躇いはあったようだが、やはり気になったのか、テントから出ていった。彼が戻ってきたのは、数時間後。息が上がっているのがわかる。彼は急いでテントの中からカバンを出し、着替えているようだった。微かに匂う血の匂い。それでも友幸は、何も気づかないふりをして眠り続けた。


 翌日、栄がテントから出て行ったのを確認し、彼のカバンの中を探る。予想通り、そこには血まみれの服が隠されていた。計画はうまくいった。友幸は三人が動き出すまでテントの中で待機した。外が静まり返り、玲奈だけになったのを確認すると、何事もなかったようにテントから出て朝食の準備を手伝う。


 その後、三人が顔色を悪くして戻ってきたのを確認すると、友幸はわざと栄の隣に座り、話を聞いた。栄が文佳を殺したことはわかっていた。だが、まさか階段から遺体を落とす偽造工作までしていたとは思わず、友幸はつい笑い出ししまいそうになるのを必死にこらえていた。

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