始める
魔法陣に吸い込まれ、体がバラバラになったあと、私は薄暗い洞窟の中で目を覚ました。崩れた体は徐々に再構築され、痛みと共に元の姿へと戻っていく。
洞窟の中には、強烈な臭いを放つ橙色の霧が漂っており、不快感が全身を包む。こんな場所に長くいたくないと思い、私は出口を探して洞窟の外へと足を運んだ。
「ここは……?」
目の前に広がっていたのは、鬱蒼とした森と巨大な湖。普通なら絶景と呼べる風景だろう。しかし、漂う橙色の霧と鼻を突く悪臭がその美しさを台無しにしていた。
だが、それよりも気になることがある。「この声と体……どうなってるの?」何気なく口にしたその声は、明らかに女の子のものだった。慌てて胸元に手を当て、長くなった髪に触れた私は、湖へと駆け寄って水面を覗き込む。
「間違いない……私、女の子になってる!?」
信じられない光景に、私は驚愕する。「あの女神、こんなこと一言も言ってなかったじゃない!まさか、騙された……?」怒りがこみ上げ、思わず叫ぶ。
「覚えてろよアバンベルン!次に会ったら――」
ドォン!!!
罵声の最中、突如として大地を揺るがす爆音が響いた。水面には波が立ち、空気が震える。音の発生源は森の向こう側のようだ。
だが、不思議なことに、動物の姿も鳴き声も一切なかった。この森には、もう生き物がいないのかもしれない。
私は目を見開き、呟いた。「危険すぎる……早くこの森を抜けて、爆発のあった場所から離れよう」これは臆病だからではない。単純に、生き延びるための判断だ。
考えた通り、私はすぐに行動を開始し、性別のことは後回しにして出口を探した。
「さて……どっちに行こうかな?」
☆
その頃、遠く離れた場所――黄金の装飾とダイヤモンドのシャンデリアが輝く荘厳な会議室では、一つの重要な会議が開かれていた。
「ペンドラゴン帝国との外交は、前回の会議で命じた通りに進んでいるのかね、王室特使エイゲア・クロノス?」
問いかけたのは、フェニキア王国第十七代国王、テーレス・フォン・フェニキア。威厳ある体躯と銀色の瞳を持ち、会議室の最奥に鎮座していた。
「陛下、現在ペンドラゴン帝国では、大司祭ノイエス・IX・ドラコニアによるクーデターと、共和制を掲げる反乱分子の革命運動が発生しており、外交は非常に困難な状況です。ご期待には添えぬ結果となっております」
エイゲアは深く頭を下げ、謝罪の意を示す。それに対し、王は表情一つ変えず言った。
「顔を上げなさい。これはお前の責任ではない。すべては――」
その時、重たい鉄の音を響かせながら一人の兵士が駆け込んできた。
「陛下! ご報告が――!」
「無礼者!今は国家の命運を賭けた重要な会議中だぞ!」
叫んだのは、老獪な大臣トロイ。その顔はまるで老狐のようだった。
「そうだ、出て行け!」
「共和主義の汚れ者が、王政の会議に口を挟むとは!」
他の貴族たちも一斉に立ち上がり、怒号を浴びせる。
「黙れ!!」
王が机を叩きつけ、重々しい声で一喝した。空気が静まり返る中、兵士は再び口を開く。
「陛下……『死の森』で大規模な魔力爆発が発生したとの報告が入りました!」
その言葉に、全員の顔色が一変した。国王までもが青ざめた表情を浮かべる。
「またか……」
「これで今週五度目だぞ」
「これは、神の罰か……?」
「すぐに調査隊を派遣せよ!」
「はっ、かしこまりました!」
兵士は慌ただしく部屋を飛び出していった。会議室には、不安と恐怖が残されたままだった。
「どうして神は、我らをこのように罰するのか……」王は静かに天を仰いだ。
☆
「はぁ……疲れた」
長時間の徒歩の末、私はようやく森を抜け、草原地帯に出ることができた。
見渡す限りの平野に、私は一つの丘の上で立ち止まり、周囲を見渡す。休憩を取りつつ、現状の確認と、村や町が近くにあるかを探した。
しかし、どこを見渡しても森と変わらず、橙色の霧と不快な臭いが漂っている。体を調べると、持ち物はたったの十五コインだけ。
「これだけ……?」
この世界の通貨制度は分からないが、あの女神の性格からして、たいした価値はなさそうだ。
それより重要なのは、私のスキルとステータスだ。あの時、彼女が「魔力放射の影響で~」と説明していたが、それが意味するのは、この世界に魔法やスキルが存在するということ。
ならば――試してみるしかない。
「……ステータス!」
その言葉と同時に、目の前に透明な四角いパネルが出現した。
そこには名前、年齢、職業などが表示されている……が、私はある一点に目を奪われた。
「レナ……?これがこの世界での私の名前?しかも名字がないし。まさか、あの女神、何かの意図があって……?」
さらに表示を切り替え、スキルとステータスの画面を確認する。
「ひ、ひどい……!」
HP20、MP20、速度15、運50。見たこともないような低ステータスだった。
「なんでこんなにひどいのよ!せめてちょっとくらいバフくれてもいいじゃない!」
呆れながらスキル欄を見ると、そこに表示されたスキルは……
「……火起こし?水まき?遠くを見る?何それ。しかも一回使うたびにMP10も消費するの?」
あまりのショックに、言葉も出なかった。しかし、「遠くを見る」は説明文に「一定の距離先を視認可能」とあったので、試しに使ってみることに。
「スキル『遠くを見る』を使用!」
すると、視界が一気に広がり、遠方の様子がはっきりと見えてきた。
「――あれは……町?」
西の方角に、大きな町らしきものを確認した私は、すぐに目的地を決めた。
だが、その直後――頭痛と全身のだるさが襲ってきた。おそらくMP消費による副作用だろう。
「ちょっと痛いけど……それでも、あそこに行かないと!」
太陽が沈む前に町へ辿り着かなければ。夜のこの世界が、どうなるか分からないからだ。
「行こう……!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます