Mirrored Heart

小野凱 蛍

第1話 少年の名は

 締め切られたカーテン、わずかに差す陽光、白を基調とした部屋に映える異様な赤。閑静な住宅街にたたずむ、何の変哲もない二階建ての一軒家。その一室で凄惨な光景が広がっていた。

 髪をオールバックにかきあげ、無精ひげを生やした男、花染藍禅はなぞめあいぜんは部屋の扉を開けると辺りに充満する血の匂いに顔をしかめた。壁を背に座っていたのだろう少年の体は扉を開けた微かな振動で崩れ折り、何の抵抗もなく血だまりにピチャッと落ちる。少年のきれいな白髪が赤く染まり、頬の白さが際立った。

 出血個所である首元に残る大きな歯型。駆け寄った花染はそれだけで事態の全容を把握した。急いで清潔なハンカチを少年の首元に押し当て呼吸を確認する。まだかすかに息をしていた。手配した救急車が到着するまで花染は少年の名を呼び続け、けれど目が開くことは叶わなかった。




 すぐにオペ室に運ばれた少年がどうか無事で出てきてくれますように、と願いながら花染はオペ室前の椅子に腰かけていた。人通りが少なく静かで暗いこの場所は、まだ暖かさの残る十月の気温からグッと下がって、ほんの少し肌寒かった。

 花染は一度深く息を吐くと、胸のあたりから白いモヤを流れ出す。そのモヤは線のように伸びて何かの輪郭を成すように動く。完成した輪郭が実態を帯び現れたのは、一頭のホッキョクグマだった。

 自身にすり寄るホッキョクグマを、花染は慈愛に満ちた目で見つめ毛を梳くように撫でてやる。よりいっそう花染に甘えるような行動を取るホッキョクグマにかまってやると、一人で待っているには長く感じた時間もすぐに過ぎ去り、体感時間ほどなくしてオペ室の扉が開いた。

 ストレッチャーに乗せられ医師と共に出てきた少年は、いくつかの管に繋がれてはいるものの、あの部屋で目にした顔色に比べればまだ血色の戻った様子だった。花染は安堵の息をつき、そばにいたホッキョクグマは出てきた場所と同じく花染の胸の中に引っ込んだ。




 人間の心を鏡のように写した生物・通称ミラー。

 個人の性格、理想、価値観や心の強さをそっくりそのまま反映したミラーを、人間は心に飼っている。ミラーは心と同義であり、主人となる人間の情緒と同調している。ミラーが常に主人の本心を現しているため、誰も自身のミラーに嘘はつけない。

 花染のミラーであるホッキョクグマが甘えるような行動をしていたのは、花染の不安を体現した結果だった。

 そして、今もこんこんと眠る少年、空木白斗うつろぎあきとの首筋に残る歯型は彼のミラーであるオオカミのものだった。

 花染は一冊の雑誌を手に、空木の眠るベッドのそばにある丸椅子に腰かけていた。ところどころ赤い斑点が散っているその雑誌は、空木を発見した時に彼が手にしていたものである。グシャとしわが寄ったページは空木の開いていたページで、その誌面の内容に花染は困惑でいっぱいだった。自身を落ち着かせるように深い息を吐き、ごつごつとした手で端正な顔立ちをした空木の頬を撫でた。

 花染は空木のことを赤ん坊のころから知っている。最初はただ隣の家を買った、万年恋人なしの自身とは縁遠い円満な家庭だと思っていた。けれど入居日に挨拶をされて以来、父親の姿を目にしたことはなく、花染が目撃した空木宅に入っていく女性は日によって違った。

 それでも空木が小学校に通う姿は普通の少年そのものだったし、目に見える外傷はなく、話しかけても少しませたような感じはするがまっとうな受け答えをしていた。

だから刑事である花染は経過観察にとどめていたし、無論今日まで何か大きな異変があったようには感じられなかった。

 その結果がこれか、と自嘲気味に笑って花染は壁際に椅子を寄せた。今晩はここで夜を過ごすつもりだ。仕事用のスマホに部下から連絡が入っていたが、すべて任せる、とだけメッセージを返し電源を切った。優秀な部下のことだ。一日不在にしたところで上手くやってくれるに違いない。もう一度空木の顔を撫でて花染は目を閉じた。




ー最年少・空木白斗うつろぎあきと選手がランドレースで優勝

 ランド系のミラーに乗って最速を決める、ランドレースU20部門が昨日開催されました。毎年10月に行われ、20歳以下の青年たちが凌ぎを削る今大会。今年の優勝者はオオカミのミラーを宿した弱冠12歳の空木白斗選手。

 ミラーに目覚める日本人の平均年齢は16歳4カ月と言われており、12歳でのレース出場すら珍しい中、初出場・初優勝を成し遂げました。

 4年に一度開催される世界大会は来年に控えており、今大会のベスト4には日本代表の座をかけた大会へのシード権も与えられます。

 日本が未だ手にしたことない栄光の優勝旗を、わずか12歳が持ち帰ってくるのでしょうか。期待の新星に今後も注目です。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る