第31話「音が響く場所」
春の光が差し込む体育館。
舞台の幕がゆっくりと上がり、
客席のざわめきが静かに溶けていく。
数百人の視線が、ステージに集まる。
主役も脇役もいない。
この瞬間、星見ヶ丘学園の誰もが“音楽の物語”の一部だった。
──ピアノの最初の一音。
詩音の指が静かに鍵盤を押し下げる。
緊張も、これまでの迷いや不安も、
すべてこの一音に溶けていった。
柔らかな旋律が体育館を包み、
やがて、千紗の歌声が重なる。
マイクを持つ手が少し震えていたけれど、
その声はまっすぐに空へ昇っていく。
晴人のギターがリズムを刻み、
純の詩が静かに響く。
「ここに集まった、ひとりひとりの夢を――」
──音が重なり、心も重なる。
演劇部のコーラス、美術部のライブペインティング。
写真部は舞台の瞬間をシャッターに収め、
放送委員の実況が客席をあたたかく包む。
「私たちは、ここで出会い、
同じ春を重ね、
いま、この場所で響き合う。」
観客席の一年生も、先生も、卒業生も、
思い出の中の自分を重ねながら、
ひとつの音楽に身を委ねていた。
──モブやサブキャラたちの小さなドラマも、
この場所で音になっていく。
失敗が怖くて一歩を踏み出せなかった後輩が、
勇気を出してタンバリンを鳴らす。
ずっとひとりだった図書委員の女子が、
舞台裏でみんなに“ありがとう”のカードを渡す。
美術部員はライブペイントの完成に涙し、
演劇部員は舞台の片隅で仲間と手を取り合う。
それぞれの小さな“音”と“物語”が、
今日だけは確かに舞台の中心で光っていた。
──最後の合唱、クライマックス。
詩音と千紗が見つめ合い、
晴人がギターの音を優しく包み込み、
純が言葉を重ねる。
「私たちの音は、小さいかもしれない。
だけど――この場所で、みんなの音がひとつになる。
泣きたいときも、迷ったときも、
いつかこの日のことを思い出して、
心の奥で響き続けてくれたらいい。」
最後のフレーズで、ステージ上の全員が歌い、
客席も、いつの間にか小さく口ずさんでいる。
拍手が波のように広がり、
涙ぐむ生徒、笑い合う先生たち、
誰もが“自分の場所”を見つけたような安堵に包まれた。
*挿入歌(全員合唱・エモーショナルフィナーレ)
♪
音が響く場所で
君と出会えた奇跡
一人ひとりの物語が
今日、ここで重なり合う
涙も笑顔も この音の中に
いつか未来の私たちへ
エールとなって届くから
君と響かせたハーモニー
ずっと、ずっと胸の中で
♪
ステージの幕がゆっくり降りる。
全員が手を取り合い、
笑いと涙が交錯する。
その音、その時間は、
これからもそれぞれの“音が響く場所”として、
誰かの心で鳴り続けていく。
そしてまた新しい春、
ここで生まれた音が未来の誰かに勇気を渡すだろう――
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