第27話「秘密のアンサンブル」

文化祭まであと一週間。


放課後の音楽室には、

今日もまた、ふとした沈黙とざわめきが入り混じっていた。

楽譜や台本、手作りの衣装――

準備は着実に進んでいるはずなのに、

肝心の「心」はどこかバラバラで、みんなの視線も時おりすれ違う。


そんなある日、

机の上に置かれた四本のカセットテープが、

静かにそれぞれの手に渡っていく。


──詩音の手に渡ったカセット。


テープのラベルには「がんばれ」とだけ、幼い文字。


再生すると、そこには千紗の震える声があった。


「……詩音、私ね、本当はずっと不安だった。

君のことを誰よりわかってるって思ってたけど、

最近、どこか遠く感じて……

でも、やっぱり一緒に音を鳴らしたい。

たとえ言葉にできなくても、君の隣にいたい。

だから、がんばって、って伝えたかった。」


聞き終えた詩音の目には、静かに涙が滲む。


(千紗もずっと、悩んでいたんだ……)


言葉にならない温かさが、胸にそっと灯る。


──千紗の手に渡ったカセット。


シンプルな白いラベルに「ありがとう」の手書き文字。


流れてきたのは、詩音の小さな、でもまっすぐな声。


「千紗、あなたがいたから、

私はずっと前を向いてこれた。

声に出せなくても、

手紙やカセットであなたに気持ちを伝えられてうれしかった。

ありがとう。

これからも、私のとなりにいてくれますか?」


千紗は、涙を堪えながら微笑んだ。


(私は、詩音の“となり”でい続けたい――)


──晴人の手に渡ったカセット。


カセットには「勇気」とだけ書かれていた。


中身は、純の、少し緊張した朗読。


「晴人先輩、リーダーって、

みんなをまとめなきゃいけないから、

きっと一番孤独だと思います。

でも、弱音を吐く勇気も、リーダーにしかできないことですよね。

私は先輩の音が好きです。

自分の“弱さ”も、みんなに響かせてください」


晴人は、静かにギターの弦を爪弾きながら

胸の中で自分の弱さを初めて“肯定”する。


(音楽は、強さだけじゃなく、弱さも響かせていいんだ――)


──純の手に渡ったカセット。


ラベルは、晴人の手書き。「いつか、また」とだけ。


流れるのは、晴人の真摯な声。


「純へ。

詩を読むのは怖いかもしれないけど、

君の詩は、誰かの心を変える力がある。

俺も、自分の音楽で誰かを勇気づけたいから、

純もどうか、自分を信じて。

“いつかまた、ステージで並んで詩を響かせよう”」


純は、その言葉を胸でそっと抱きしめる。


(私の詩も、誰かの力になれるのかな……)


──放課後の音楽室、四人が再び集まる。


最初は気まずさや照れくささで

なかなか目を合わせられない。


けれど、

カセットを通して互いの“本音”を聴いたことで、

四人の間にあった見えない壁が少しずつ崩れていく。


詩音が小さく口を開く。


「……みんなの声、聴きました。

私、ずっと不安だったけど、

カセットの中の“本音”が、すごく温かくて――

だから、やっぱり、みんなと一緒にステージに立ちたいです」


千紗がうなずく。


「私も。

もう逃げたりしない。

詩音の隣で、ちゃんと歌いたい。

晴人先輩も、純ちゃんも――

みんなで“音”を重ねたい」


晴人は深く息をつき、

初めて本当の声で言う。


「リーダーだからって、

強がらなくていいって気づけた。

このステージ、みんなで支え合って成功させたい」


純も、小さな声で続ける。


「私、勇気を出して、

みんなの前で詩を読みます。

怖いけど、

今ならできる気がする――

みんなとなら」


互いの想いが重なり合う音楽室。

その空間は、

カセットの“秘密のアンサンブル”が生み出した、

新しい信頼と勇気で満たされていた。


*挿入歌(四人のハーモニーとして)

ひとりきりで 奏でていた音

誰かの心に 静かに届く

秘密にしてた 本当の声が

今ここで 重なり始める

不安も迷いも 涙も笑顔も

アンサンブルに変えて

みんなで響かせよう


文化祭まであと少し。

四人は新しい一歩を踏み出す。

カセットに込めた“本音”のリレーが、

それぞれの心に、

確かな“自分だけの音”を残し始めていた。


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