第15話「雨上がりの音」
朝から降り続いた雨は、午後にはすっかり上がっていた。
雲の切れ間から差し込む光が、校庭の水たまりに鏡のように映っている。
放課後、星見ヶ丘学園の空は、どこまでも高く澄んでいた。
詩音は音楽室の前で、そっと立ち止まった。
カセットレコーダーを胸ポケットに入れたまま、扉を開けるかどうか迷っている。
昨日、千紗とすれ違ってから、なんとなく自分の居場所が分からなくなってしまった気がした。
(私は、ここにいてもいいのかな……)
手のひらの中のカセットを、何度も握ったり離したりする。
誰もいないはずの廊下に、雨上がりの匂いがほのかに残っている。
ふいに扉が開いた。
そこには、千紗が立っていた。
「……詩音、今日も来てたんだ」
お互い、少しだけぎこちない。
だけど、そのまま二人で並んで音楽室へ入る。
千紗は、鞄から小さなカセットテープを取り出した。
「ねえ、これ――この前、詩音が貸してくれたカセット。
ちゃんと聴いたよ。
……あのね、すごく嬉しかった」
詩音は驚いたように千紗を見る。
千紗は、テープを指先でそっと撫でながら、言葉を選んで続ける。
「詩音の声、私の心にも届いた。
たぶん……私たち、言葉じゃなくても、
ちゃんと分かり合えるときがあるんだって思った」
詩音は胸が熱くなった。
泣きそうになって俯く。
千紗は、詩音の手をそっと取る。
「ごめんね、昨日は変な態度しちゃって。
私、自分の気持ちが分からなくなって……
でも、詩音のカセット聴いて、やっぱり、ちゃんと伝えたいって思ったんだ」
そのとき、音楽室のドアがノックされた。
「……入っていい?」
晴人だった。
ギターケースを肩にかけて、少し照れくさそうに立っている。
「三原先輩?」
「詩音さん、千紗さん――ちょっとだけ、聴いてほしいものがあって」
晴人は、自分で録音したカセットテープを差し出した。
その手は少しだけ震えている。
「……俺、昨日、カセットに自分の気持ちを吹き込んだんだ。
リーダーとして強くなきゃって思ってきたけど、
やっぱり弱い自分もいるって認めたくて。
誰かに聴いてほしかった」
三人は、音楽室の椅子に並んで座る。
静かにテープを再生すると、晴人の本音が淡々と流れ出す。
「――強く見せてるだけで、本当は自信がなくて……
でも、音楽だけはやめたくない。
音を鳴らしてるときだけ、少しだけ自分を好きになれる」
沈黙のなか、三人は互いの顔を見合わせた。
「みんな……同じなんだね」
千紗が、ぽつりと言う。
「私も、詩音も、晴人先輩も――
ちゃんと言葉にできなくて、
でも、音や声で気持ちを届けたくて、もがいてる」
詩音は、静かにうなずく。
「……私、強くなんてなれないかもしれないけど、
少しずつでも、前に進みたい。
今日、千紗と晴人先輩に会えてよかった」
晴人もまた、小さく笑った。
「俺も、今日ここに来てよかった。
……ありがとう」
窓の外には、雨上がりの空。
夕陽が雲の切れ間から射して、三人の姿を金色に染めている。
詩音は、カセットレコーダーをテーブルの上にそっと置いた。
「今度は、みんなで録音しませんか?
三人で一緒に……音楽でも、なんでも」
千紗がうなずき、晴人も「いいね」と声を重ねる。
三人の間に、やわらかな空気が流れる。
すれ違っていた鼓動が、少しずつ同じリズムになっていく。
*挿入歌(三人のハーモニーとして)
♪
雨上がりの空に 光が差し込む
濡れた足元 少しずつ乾いていく
すれ違いも迷いも
カセットの音でつながっていく
言葉じゃなくても
心はきっと ひとつになれる
新しい一歩が いま始まる
♪
放課後の音楽室、
窓の外で鳥がさえずる。
新しい風がカーテンを揺らし、
三人の肩にそっと降り注ぐ。
小さなカセットテープの音は、
それぞれの胸の奥に
“希望”という名の音色を残していた。
それは、三人だけの
“雨上がりの音”だった。
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