第12話「バンドと孤独」

放課後の音楽室は、かすかなチョークの粉と古い木のにおいがした。


三原晴人は、ギターケースを肩にかけて静かにドアを開ける。

教室の中では、バンドメンバーたちがすでに集まっていて、アンプの前で思い思いに楽器を調整していた。


「お、リーダー遅いぞー!」


ベースのケンジが軽く手を振る。

キーボードの美月は、無言で楽譜を並べている。


「ごめん、ちょっと教室で……」


そう言いかけて、晴人は自分の声がどこか宙に浮いているような感覚に襲われた。

最近、バンドの空気が少しだけ変わった気がしていた。


一年前、部活の仲間で始めたこのバンドは、

みんなが同じ夢を持ち、ただ音を合わせるだけで楽しかった。

それが今では、文化祭の出場やSNSでの動画投稿――

目標も、メンバー同士の期待も、どんどん膨らんでいった。


(でも――今の俺は、それについていけてるのか?)


晴人はギターを構える。

指先が自然にフレーズを弾き始めるけれど、

どこか心の奥が冷たいままだった。


リハーサルが始まる。

スネアのカウント、歪んだエレキの音。

だけど、音楽はなぜかどこかばらばらで、誰かと目が合うたびに

「これでいいのか?」という問いが晴人の胸を刺した。


「……もう一回、頭から!」


晴人はリーダーらしく声をかける。

だけど、美月は小さく溜息をつき、ケンジは少し不満そうに弦を弾き直す。


(……どうして、みんなの気持ちがバラバラになるんだろう)


もう一度始まるリフレイン。

だけど音は前みたいに一つにならない。


「晴人さ、最近ちょっと元気ないよな」


リハの合間、ケンジが冗談めかして声をかけてくる。


「……そうかな」


「いや、前はもっと、引っ張ってくれる感じだったからさ」


そう言われるたびに、晴人は自分の不甲斐なさを思い知らされる。


練習が終わった後、音楽室の窓から夕陽が差し込んでいた。

誰もいなくなった教室で、晴人は一人ギターの弦を爪弾く。


(リーダーでいることが、こんなに苦しいなんて思わなかった。

みんなの期待が重くて、

本当は誰かに頼りたいって、

弱音を吐きたいって思ってるのに)


ふと、ギターケースのポケットにしまってあったカセットテープに手が触れる。

昼休み、春日詩音のカセットから聴こえてきた“震える声”が思い出される。


――「誰かとちゃんと話したい。でも、うまくできない」


あの時、晴人の心の奥の“弱い部分”も、たしかに反応していた。


(俺も、本当は……自信がないんだ)


そう思った瞬間、今までの自分がぐらりと揺らいだ。


その夜、家に帰ってからも、心のもやもやは晴れなかった。


部屋の棚には、ギター雑誌や昔のライブ写真が雑然と積まれている。

家族はリビングでテレビを見ていて、晴人は自室でギターを抱え、

カセットをウォークマンにセットする。


春日詩音のピアノと声が、

静かな夜の空気に溶けていく。


(リーダーだからって、強くなくてもいいのかな――)


誰にも話せない不安を、

せめて音楽だけには分かってほしかった。


夜の窓の向こう、月が静かに浮かんでいた。


晴人はギターを弾きながら、

そっと自分の心に問いかける。


(明日も、俺はちゃんと“リーダー”でいられるだろうか)


でも、音楽だけは、

晴人の心の中にずっと流れていた。


*挿入歌(晴人)

期待に応えるたび 遠くなる自分

笑顔の奥で 誰にも言えない孤独

それでも僕は 音を鳴らす

強がるふりして

本当は

誰かに気づいてほしかった


ギターケースの中、

カセットテープが静かに重みを増す。


晴人は自分の手のひらを見つめながら、

まだ名前のない感情が心の奥で波打つのを感じていた。


(本当の自分を、誰かに――伝えられたら)


そんな切ない願いが、

夜の静けさにじんわりと溶けていった。


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