第7話「言えない気持ち」

春の光は、いつもよりやさしかった。

千紗は教室の窓辺で、ぼんやりと空を見上げていた。


昼休み、クラスの友だちがわいわいとグループを作って話している。

けれど、千紗は今日はなんだかそこに混ざる気分じゃなかった。

机の上には、昨夜のうちに書いたままの、折り紙の手紙がそっと置かれている。


(また「がんばれ」なんて書いちゃった)


昨日、詩音の笑顔を見て、嬉しいはずなのに――

千紗の心はどうしようもなくざわついていた。


詩音が席に戻ってきた。


「千紗、お弁当一緒に食べよ」


「うん」


詩音が隣に座る。二人で窓の外を眺めながら、小さなおにぎりを分け合う。


「今日、ピアノ弾けた?」


「うん。ちょっとだけ……」


詩音は照れたように微笑んだ。

その顔を見ると、胸の奥がぎゅっと締めつけられる。


千紗は、何も言わずにそっと手紙を渡した。


「……これ、また書いちゃった。笑わないでよ」


詩音は驚いたように千紗を見て、すぐに優しく微笑んだ。


「ありがとう。千紗がいてくれるから、がんばれる」


その言葉が、千紗の心に温かく響く。


(本当はね、詩音。

“がんばれ”って言いたいのは私の方なの。

私こそ、詩音がいてくれて救われてる――

でも、言えない。

だって、伝えたら、この関係が変わってしまう気がするから)


放課後、二人で校門を出ると、夕陽が桜並木を橙色に染めていた。


千紗は、詩音の歩幅に合わせてゆっくりと歩く。


「……ねえ、詩音。今度さ、一緒にどこか行かない?」


「どこかって?」


「うーん、図書館でも、河原でも――

なんでもいい。……ふたりだけで、たくさん話したいなって」


詩音は、ほんの少し驚いた表情を見せて、それから嬉しそうにうなずいた。


「……うん、行きたい」


それだけの会話なのに、千紗の心は少しだけ軽くなった。


家までの帰り道、千紗はポケットの中で自分の手を握りしめていた。


(詩音のことが、大好き。

でも、それは“友だち”としてなのか、

それとも、もっと特別な想いなのか――

自分でもわからない)


ふと、道端に咲いた小さなタンポポを見つけて立ち止まる。


(もし、この気持ちをそのまま伝えたら、

詩音はどう思うんだろう)


その問いの答えは、まだ見つからない。


夜、ベッドに寝転がって、天井のシミを眺めていると、

今日も詩音から「ありがとう」と書かれた短いメッセージが届いていた。


千紗はスマホを胸に乗せて、目を閉じる。


(いつか、ちゃんと伝えられる日が来るのかな)


春の夜風がカーテンを揺らす。

千紗は、小さく息を吐いた。


*挿入歌(千紗)

「好き」って言葉がこわくて

言葉にできない想いが

胸の奥で膨らんでいく

友だちのままでいいの?

このまま隣で笑っていたい

言えない気持ち 春の風に

そっと乗せて 君に届けたい


朝が来れば、また詩音に会える。

その小さな希望だけを胸に、

千紗は眠りについた。


――この気持ちが、いつか“ちゃんとした言葉”になる日まで。


(続く……)

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