第15話 幸せ

 ローレル子息に会った日の夜、夢の中。私は前々からアネットに聞かなければいけないことを聞く事にした。


「さて、アネット。今日は貴方の幸せについて考えていきましょうか。」

「幸せ・・・ですか?」


 アネットは意味が分からなかったようで首を傾げた。私は頷く。


「ええ。今の貴方は両親とも仲良くやれているし、使用人達との仲も良好。貴方の心も今は落ち着いているようだしね。」

「それは・・・おかげさまで。」

「別に私のおかげじゃないわ。それでね。いい機会だから過去に囚われ続けないでこれからの事、つまり未来の事にも目を向けて考えていきたいの。」

「未来・・・。」

「ええ。貴方の未来は無限大よ。どんなこともできる。文学を極めて文官になるもよし、魔法を極めて研究者や冒険者になるもよし。誰かと結婚して幸せな家庭を築くのもいいわね。」


 実際ゲーム上では、アネットにはたくさんの未来が用意されていた。攻略対象も7人と多い。それだけの可能性があるのだ。


「でも私は・・・。」

「勘違いしてほしくないけど時が戻ったとしても、過去にあったことはなくならないわ。貴方が辛い思いをしたのも事実。それはなくならない。でもさっきも言ったでしょう。過去に囚われ続けてほしくないって。今すぐは無理でも少しずつ前を向いていてほしいの。そして今度こそ幸せな未来をつかみ取ってほしい。」

「ローレル子息の時にも言っていた・・・。」

「そう。ローレル子息にも言ったわね。私の目的は貴方が幸せになることなの。」

「どうしてですか?」

「え?」

「最初理由をお聞きした時は恩返しとおっしゃっていました。でも魔法を積極的に教わったり、ローレル子息相手に立ち向かってくださる姿を見ていると、どうしてもそれだけには思えないんです。」

「それなら簡単よ。友達には幸せになってほしいじゃない。」

「と・・・も・・・だ・・・ち?」

「あれ?私は貴方の事を友達だと思っていたのだけれど違ったかしら?」


 アネットは予想外だったようで完全に固まっている。私としては初めて会った時から彼女の事を友人だと思っていたのだが。違っていたのなら少し恥ずかしい。

 そう思っていると、アネットの両目から涙がぽろぽろ流れ始めた。予想外の反応に慌てる。


「ちょっと!?もしかしてそんなに嫌だった!?」

「違うんです・・・。私なんかが・・・友達でいいんですか?」


 私は泣いているアネットの前にしゃがむと彼女に笑いかけた。


「私「なんか」は禁止ね。貴方は私にとって大事な友達だし大切な存在なの。自信をもって。」

「ありがとう・・・ございます!!」


 お礼を言いつつも、まだ泣き続けるアネットをそっと抱きしめた。それが嬉しかったのか、彼女はさらに大声で泣き続けた。


「落ち着いた?」

「はい・・・。失礼しました。」

「いいのよ。喜んでくれて私も嬉しかったし。」


 前々から思っていたが、アネットは泣き虫というか感情豊かな性格らしい。だがそれが彼女の魅力だ。私は泣き止んだアネットの涙をぬぐいながら微笑んだ。


「さて、本題に戻りましょうか。貴方はこの先何を求める?何かやってみたいでもいいわ。」

「それなんですが・・・。学園で探してみてもいいですか?」


 アネットは不安そうにもじもじと指を動かしつつ、私を見上げた。私としては特に問題ないが、理由が気になった。


「もちろんいいけれど・・・。どうしてか聞いてもいい?」

「私も幸せになりたいという思いはあるんですが、今でも充分幸せなんです。両親も、使用人も、そしてノゾミさんもいてくださる満たされた世界。これ以上って言われてもピンと来なくて・・・。」

「そう・・・。」


 実はアネットには言わなかったが、彼女に幸せになってほしいのはもう一つ理由がある。私は仮初の存在なのだ。明日いなくなっていても不思議ではない。その時につまずかないように目標を持ってほしかったのだ。今までの様子を見たかぎりの勝手な推測だが、私を生かしている存在もアネットが自立できるまでは、私を消すことはしなさそうだが。


「ごめんなさい。せっかく提案してくれたのに。」

「いいのよ。私も少し焦っていたのかもしれないわ。後一週間。ゆっくりしましょう。そして学園生活も楽しみましょう。」

「は・・・はい。」

「安心しなさい。もし貴方が前の時に苦手だった人や、嫌いだった人が近づいたら私が蹴散らすから。貴方は純粋に学園生活を楽しみなさい。」

「あ、ありがとうございます。」


 ちょうどその時、世界が光り始めた。どうやら目覚める時間のようだ。後1週間もすれば学園生活が始まる。時戻りで記憶を持っている人がいるということは、前とは明らかに異なる人生になるだろう。だが、関係ない。私がアネットを守る。彼女に起きうる嫌な出来事は全て私が蹴散らす。それこそが、私の存在意義なのだから・・・。


(私がアネットを幸せにする!!それを妨げる相手は誰であっても蹴散らかしてあげる!!)


 アネットを見つつ、私は決意を新たにするのだった。

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