第七十一話:火の魔道具


ギルドの扉を押し開けた瞬間、乾いた木の軋む音と、冒険者たちのざわめきが耳を打った。


夕方頃の時間帯ということもあって、依頼を済ませた冒険者が報告に集まっているのだろう。


ホール奥の方では若い二人組が口論をしているのも見えるが、日常茶飯事だ。


周囲を気に留めることなく、受付カウンターへと足を運ぶ。


カウンターに座っていたのは見慣れた顔である受付嬢。俺の姿を認めるとぱちりと瞬きをする。


「あっ、アルフォンスさん。戻ってこられたんですね、お疲れ様です」

「お疲れ様です。これお願いします」


腰の革袋から取り出したのは、大牙。猛孟猪の特徴である金属質の牙を何本か本、布に包んで差し出す。


いつもの落ち着いた様子で、受け取った受付嬢は。


「えーっと……はい、確認しました。少々お待ちください」


受付嬢は慣れた手つきで作業に入る。猛孟猪は農地を荒らしており、かつCランク相当というのもあり、討伐報酬はやや高めに設定されている


「お待たせしました。今回ですが、基本報酬が銀貨七枚と銅貨五十枚、素材査定が銀貨九枚と銅貨六十八枚、合計で銀貨十七枚と銅貨十八枚になります」」


銀貨十七枚。冒険者にとっては小さくない額だ。生活費を差し引いても、鍛錬資金に回せる程度には十分だろう。


「ありがとうございます」


革袋を受け取った瞬間、ずしりとした重みが掌に伝わる。この重みが、確かに今日俺が積み上げた戦果そのものだ。


受付嬢はほっと息を吐き、少し茶化すように笑った。


「アルフォンスさん、この調子だとBランクへの昇格もそう遠くなさそうですね」

「……まだBランク相当の働きはしていないかと」

「それでも、私から見れば十分すぎますよ」


にこやかにそう口にする彼女に、俺は「ありがとうございます」、とそう伝え……袋を懐に仕舞い会釈してカウンターから離れた。


周囲では、別の冒険者が報告に来ている。耳に入るのは、討伐対象を仕留められず逃げ帰ったという言い訳や、報酬額への不満が聞こえる。


そんな中で、俺が手にしたこの銀貨と銅貨は大きな意味を持っている。


(……これで第一歩は整った。次は――準備だな)


俺の視線は自然と、ギルドを出た先の街並みへと向かう。火炎耐性を得るための“準備”。それを整えるには、次の行き先は決まっている。





石畳の路地を抜けると、ひときわ古めかしい木造の店が目に入った。


看板には掠れた字が刻まれているが、魔道具を売っているらしきことは読み取れる。ガラス越しに見える棚には、大小さまざまな魔石や器具が並び、ところどころから淡い光が漏れていた。


扉を押すと、乾いた鈴の音が響く。店内は少し埃っぽい匂いが漂っており、棚に並ぶ魔道具はどれも年季が入っている。だが、逆にそれが歴戦の冒険者の息遣いらしきものを感じさせた。


「いらっしゃい」


カウンターから顔を上げたのは、髭をたっぷり蓄えた初老の男だ。目の奥に魔石のような光が宿っている。


俺は軽く会釈し、棚をひと通り見て回った。魔力を込めることで灯りを生む石、毒を探知する水晶、携帯用の浄化装置……冒険者なら一度は手に取る品々だ。その中に、小ぶりな円筒が目に留まった。


「それは火を起こす魔道具だよ」


老人が声をかけてきた。


「旅人や野営者が買っていくが、大抵は遊び半分だな。火打ち石よりは多少便利って程度さ」


掌に収まるほどの銀環に赤い魔石が嵌め込まれた小さな器具。見るからに簡素だが、内に宿す魔力は確かだ。


俺は手に取り、しばし重みを確かめた。――軽い。だが、ただの装飾ではない密度を感じる。


「試してみても?」

「ああ、壊さなきゃな。好きにしていい」


老人が軽く顎を動かす。俺は静かに息を吐き、指先から魔力を流し込んだ。途端に、赤い魔石が淡く脈動し、次の瞬間、小さな火が灯った。


「……なるほど」


橙色の光が揺らめき、カウンターの木肌に影を落とす。同時に、脳裏に変化が浮かぶ。



《MP:99%》



(なるほど。一定量を吸われるというより、維持する限りじわじわ減っていく……か)


目を細め、火を見つめる。魔術の練習と同じように火は制御できるが、これはあくまで魔道具が媒介となる。


俺が直接発火させたものではない。だからこそ、この火が“判定”となる可能性がある。


だが、いつまでも買う前の商品を弄るわけにもいかない。俺は軽く指を離し、魔力供給を断った。火が消え、魔石は再び沈黙する。


「買います」

「即決か。銀貨三枚だ」


銀貨三枚。だが、これで火炎耐性が見込めるなら、安い投資だ。俺は迷わず財布から銀貨を取り出し、老人の前に置いた。


「確かに。……大事に使いな」


そう口にした老人に会釈をし、店を出る。


(やはり、攻撃力を補強すると考えると“熾躯の結晶”の可能性は無視できない。だが、火山帯に行く以上、最低限の火炎耐性は欠かせん。準備を怠るわけにはいかない)


石畳を踏みしめるたび、夕陽の赤が視界に滲む。頭の中では、いくつかの選択肢が浮かんでは消える。


“疾走”の強化――確かにそれも必要だ。だが、今の課題はまず攻撃だ。


(常活を高めることも選択肢にはあったが……今は違う。まずは熾躯の結晶を手に入れる準備。そのための火炎耐性を、最短で確保する)


魔道具屋を後にし、ポーション屋へ向かった。


街道では鎧の音や商人の呼び声が絶え間なく響き、鼻腔には薬草や油の混じった独特の匂いが漂う。自然と気が引き締まるのを覚えた。


扉を押し開けると、薬草とアルコールの匂いが鼻を突く。整然と並べられた小瓶が、夕陽を受けて鈍い光を反射していた。


そこにいる店主が俺を見たと同時に、やや眉を上げながらも無言で顎をさすっている。


ほぼ毎日といっていいぐらいに来るものだから、顔を覚えられているようだ。


俺は短く頷き返し、棚に並ぶ品々を一瞥する。


(……銀貨三枚。魔力回復ポーションは割高だな)


以前来た時にも確認はしていたが、改めて魔力回復ポーションを確認してみると銀貨三枚だった。先程買った魔道具と同等の値段で、さらに消費品。


HPよりMPを回復する方が何かと金がかかるというのはゲームでもそうだったが、やはりこちらでも同じなようだ。


魔力回復ポーションを何本か、それから初級ポーションと中級ポーションを中心に……最後に状態異常ポーションも何本か含め、最低限の資金を残して購入することにした。


そこで――視線が不意に止まった。


異様な存在感を放つ一本の瓶がある。まるで外界から隔絶されているかのように埃ひとつ積もっていない。


(……まだあるんだな)


“レベルポーション”と呼ばれるポーション。金貨十枚の値段があるアイテム。


現状、使う必要性はない。が、いずれ戦闘とは関係ないスキルを育てたい時や金貨十枚を払えるだけの資金を持った時……タイミング次第では買うかもしれない、とは思った。


俺は視線を逸らす。積み上げてきた鍛錬を、自分の手で否定する気はない――それを含んでもいつか、“選ばざるを得ない時”が来るのかもしれない。


袋を肩にかけ、店を後にする。扉が閉まる直前、再びあの瓶の存在を背に感じた。


一度見てしまったものは、容易に忘れられない。だが、それを選ぶか否かは、まだ未来の話だ。







――――――――


ここまで読んでいただきありがとうございました!!


次回、いよいよ火炎耐性取得に向けての鍛錬となります!!

楽しみにしてくださったら嬉しいです、よろしくお願いいたします……!!

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