幕間:やべーやつ、現る


模擬戦が終わり、アルフォンスがギルドを去ってしばらくして。日は傾き、やがて夜が訪れようとしていた。


――重たい鉄扉の閉まる音が、訓練場に響いた。朝から晩まで汗と怒号に包まれる事が多いこの場所も、今だけは静寂に包まれている。


その訓練場の隅、壁際の扉を抜けた先にある小さな資料室。 木製の机と椅子がひとつずつ置かれただけの、質素な空間。


「……はぁ」


ギリウスはそこに腰を下ろすと、分厚い記録書を開いた。講習参加者の情報、基礎運動能力、模擬戦の戦績など。何十人分もの情報がぎっしりと詰め込まれた紙束だ。


(今年も……相変わらずだな。口だけは達者なガキばっかりだ)


ページを繰るたび、ため息が漏れる。最近の新人冒険者は、身の程を知らない。ギルドという看板に憧れだけで飛び込んでくるが、戦いの意味も重みも知らない。ましてや命の価値なんて、想像すらしていない。


(そりゃあな。お前ら、木剣でお遊戯しかやったことないもんな)


講習の最後には必ず模擬戦を行う。だが、結果は毎回似たり寄ったりだ。光るやつは何人かいたが……それも大半は防御も考えずに突っ込んで、足をすくわれて、あっけなく倒される。


そのくせ文句だけは一人前だ。「スキルが噛み合わなかった」「本気を出せなかっただけ」……それは実力とは呼ばない。


だが――今年は、一段と違ったやつがいた。


ギリウスの手が、分厚いファイルの一枚で止まる。名は――アルフォンス。


(断罪された侯爵家の御曹司、か)


彼のデータは特別だった。まず、登録時の身元。貴族から平民に落ちた者など滅多にいないし、いたとして冒険者に転身する奴などほぼいない。


初めて相まみえた時は、驚いた。いかにも貴族って感じの服を着ていたからのもあったが――彼に“貴族らしさ”をあんまり感じなかったのもまた異常だったからだ。


ギリウスは、アルフォンスのスキル構成に目を通す。


――冒険者ギルドでは、新規登録者に対して“ステータスの鑑定”を義務づけている。これは本人の自覚の有無にかかわらず、称号や潜在スキル、習得済みスキルを確認するためのものだ。


そうした規定の上、アルフォンスのスキル構成を見ると――



【名前】:アルフォンス

【種族】:人間

【年齢】:15

【称号】:なし

【スキル】

 ・礼儀礼節:Lv.1

 ・勉学:Lv.3

 ・舞踏:Lv.2

 ・家計管理:Lv.2

 ・語学:Lv.2

 ・剣術:Lv.1

 ・魔術:Lv.1



いかにも貴族のお坊ちゃまとして育てられたと言わんばかりのスキル群。“剣術”や“魔術”という戦闘スキルこそあるが、スキルレベルはLv.1。


自衛ぐらいに教え込まれた程度だとわかる。だが――


(あれが“剣術:Lv.1”だ? なんの冗談だよ)


少し前に、アルフォンスと行った模擬戦。命のやりくりが発生しない、戦闘とは言えない“模擬戦”だったが――これが“戦闘”だったとしたら下手すれば負けてたかもしれない。


それぐらいに、剣さばきがおかしすぎる。“剣術”スキル持ちの奴となんざ数え切れないぐらいに剣を交わってきたが、そのどれを振り返ってもアレはおかしいの一言しかなかった。


(……ステータス鑑定にミスがあったか? いや、あの水晶は上層部が何度も調整してる――本当に謎だ)


ギリウスは眉間に皺を寄せる。


――身体の動きが完成されていた。あれを単なる技術とそう呼んでいいのかは分からない。経験……生きるか死ぬかの戦場を、何度もくぐり抜けてきた奴の動きにも見えた。


確かに“剣術”スキルには、剣を用いて行う戦闘において補正を受けられるものであり、かつそれだけ剣の腕にもつながる。


だが――それを差し引いても、やはりおかしいの他になかった。


(……そういえば、ステータスに“妙な空白”があったって話聞いたな)


ステータス鑑定の際に、スキル欄の中に“妙な空白”があった。だがその話は、いつの間にか立ち消えになっていた。


(その話も気になるが――何よりも、あの目だ)


あのときアルフォンスが向けてきた目――あれは戦いを恐れてる目でもなければ、勝利を欲してる目でもなかった。


ただ、“戦いたい”――それだけを純粋に願っていた。


(まるで、飢えてるみてぇな――)


欲望じゃない。野望でもない。喉が渇くように、空腹を感じるように。あいつにとって“戦う”という行為は、“生理現象”か“祈り”みたいなもんなんだろうか。


ギリウスは大きく息を吐くと、椅子の背にもたれた。


(……危ねぇんだよな、ああいう奴が一番)


戦場を知る者にはわかる。“戦い”に意味を求める奴は、確かに強くはなる。だが、“意味を持たずに戦う”奴は、何かを壊すためだけに存在する刃になりかねない。


(あいつに“譲れねぇ何か”があるのか……それとも、“もう何も持ってねぇ”のか)


貴族という恵まれた身分から断罪され、平民落ち――貴族からすると、これほどの屈辱はないだろう。どっちにしろ、ろくな未来はない。


だからこそギリウスは気にしてしまうのだ。決してこの感情を“期待”などとは呼びたくないが。


(……これからどうするつもりなんだろうな)


ギルドの新人は毎年百人単位で入ってくる。だが、半年後に残ってるのはせいぜい一割程度。現実の厳しさに潰されるか、命を落とすか、志半ばで諦めるか――それが常だ。


だがアルフォンスは、どこか違う気がする。“何があっても進む”ことだけは、確信できた。その歩みが破滅に向かうとしても、だ。


(はぁ、まったく。面倒なガキが来やがったなこりゃ)


そう呟くと、ギリウスは再び記録書に目を落とす。手元のページの端に、いつの間にか小さくメモが書き込まれていた。


 ――備考:模擬戦、要再試合。可能であれば“実戦”にて確認を推奨。


(俺が書いたのか……?)


無意識だった。けれど、それだけあの剣さばきが脳裏に焼き付いて離れなかったということだ。


茶化してはみせたが、心のどこかで、もう一度剣を交えたいと思っていた――それも、“本気で”。


ギリウスは鼻を鳴らすと、ペンを置いた。


(あのガキ……どこまで行くつもりなんだか)


答えはわからない。だが、気づけばその続きを見たいとすら思っていた。


ギリウスは、腰を上げると重たい足取りでカウンターの一角へと向かう。


新人講習の資料整理や、翌日の依頼整理の準備でギルドはまだ慌ただしい。


カウンターの一角、常連たちからも評判の“丁寧で優しい受付嬢”が、帳簿を広げていた。アルフォンスの“新規登録”に立ち会った――シエラ。彼女に話を持ち掛けることにした。


「あー……あのガキ、アルフォンスってやつだがな……念のため見ておいてくれないか」

「あ……ギリウスさん?」


受付嬢――シエラは、眉をひそめて彼を見上げた。


「……何か、問題でもあったんですか?」

「いや、今のところはな。ただ……あいつは、ちと、普通じゃねぇ」


貴族と言わんばかりの服装のまま登録しに来たのも含めて、普通ではないが――ギリウスは腕を組み、しばし黙る。


「力や才能はあるんだろうが――そういうのとは違う。“覚悟”が決まってる目をしてた。戦うことに、何の迷いもなかった」


シエラは軽く目を見開いたあと、小さく頷いた。


「……わかりました。注意して見ておきます」

「悪いな。……なんかあったら、すぐ教えてくれ」


ギリウスはそれだけ言って、踵を返すことにする。慌ただしい空気の中、ギリウスの足音は紛れて消えていった。


(……貴族なんてものは、どいつもこいつも似たようなことばかり考えてるもんだと思ってた)


金や地位に執着し、望まぬ政略結婚を受け入れ、家族ですら利害で繋がっているような――そんな薄っぺらい連中だと、ずっと思っていた。


だが、アルフォンスという男は、そのどれにも当てはまらなかった。むしろ、本当に“貴族だった”のかと疑うぐらいに。


(――ああいうのを、本物って言うんだろうな)


心の中で誰にともなく呟きながら、彼は薄暗い廊下の先へと姿を消していった。





―――――――――


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