婚約破棄と断罪――それより大事なことがあります。私の愛しい人は別にいます
西野和歌
1章「断罪」
第1話
「お前が私の婚約者なのをいい事に、私だけでなく罪のないクリスティーナにまで、冷たく当たっていたのは知っている」
突然の卒業パーティーにて、沢山の人が囲む中で私は王子に責められていた。
――ああ、何か起こるだろうとは思っていたが、ここまで王子が愚かだとは――
華やかなパーティーは、王子の突然の発言により緊張した雰囲気に包まれた。
そこには卒業生の保護者も参加しており、公開処刑のごとく私は王子につめられる。
「以前から私は警告したはずだカロリッテ。お前の指摘は度が過ぎて、見ていられないと」
王子はもとより、彼女が王妃となるなら必要な事なのだ。
王妃教育の大変さを、私は誰よりも知っている。
私の指導の厳しさは、平民の何も教育も受けていない彼女自身のためでもあったのに。
「アレス様、私は平気です。気にしてはいませんわ」
弱々しく王子にしがみつく彼女は、まるで小鳥のように震えている。
それを優しく受け止める王子の姿に、ため息をつく。
「クリスティーナ様、殿下とお呼びするように。あなたはまだ名を呼ぶ資格はありませんのよ」
「私が許したのだ。そういう所が鼻につくと言っている」
王族の礼儀作法も無視してソレかと、ダメだ……また片頭痛がする。
痛みは怖い、悲しい記憶が蘇ってしまう。
「もうお前に遠慮はしない。お前との婚約もここまでだ」
「それは結構ですが、公式に確定してから発表されては? 陛下の承諾は?」
まだ会場に現れない国王陛下、そして私の父もまだ来ない。
珍しいものだ、何か突然の要件でもあったのだろうか?
予定では、開始と共に到着する予定であったはずだ。
私が思案していると、王子は何を思ったか私に向かって大声を出す。
「ちゃんと聞いているのかカロリッテ! お前との婚約破棄は俺の一存で十分だ!」
「ですから、それは承りますが正式に……」
「黙れ! 次期国王である私とその妻を虐げた罪は重い」
「虐げた……とは?」
何かがおかしい、何だろう。
ここまで変なことを言う子ではなかったばすだが?
恋心ゆえに、おかしくなってしまったのか?
「昔からお前は口うるさかった。まるで母親気取りで礼儀にうるさい。それでも一理あるから私は耐えた」
「さようでございますね。少しはマシになられましたわ」
「そういう所が嫌だと言ってる!」
王子は、いつも爪が甘いのだ。
始まりは完璧でも、最後は気が緩むのかポカをする。
そのせいで、せっかくあと少しで完璧だったという事ばかり。
今もそうだ。
婚約破棄はいい。そもそも私の親が勝手に陛下と結んだ婚約に私の気持ちはない。
以前から私は何度も両親に、高校を卒業したら穏便に破棄して欲しいと頼んでいた。
最初は私が王妃になるのが不安だからだと思っていたらしい。
だが十三歳から王妃教育を二年で完璧にこなした結果、理由は別にあると耳を傾けてくれた。
王子が嫌いかと聞かれたが、そうではなく結婚だけは絶対に嫌だと何度も告げた。
なんとか両親も穏便な婚約破棄に動き出してくれたのと逆に、私の完璧さが世間から評価されてしまう。
これ程の王妃の資質のある令嬢は過去にもいないと、私こそが婚約者に相応しいと認められてしまった。
これは私の失態だった。
本来なら数年かけてする王妃教育を、時間の無駄とさっさと終えてしまったのが逆効果だったのだ。
仕方ない、だって私には簡単すぎる内容だったのだから。
王子にとって、私は完璧な婚約者に写ってみえたらしい。
それが王子を卑屈にさせて、良くない方向に運命が進み始めた。
私は何度も矯正しようと王子に進言した。
彼を少しでもより良く導くための、婚約者なのだから。
「私は王妃になりたくないのです。高校を卒業したら、どうか破棄を申し出で下さいませ」
それまでは、多忙な国王陛下に代わって私があなたを鍛えます……だけど、王子の受け取り方が間違っていた。
「嫌味なのか? それとも駆け引きかそれは? ともかく私が立派になればいい話だな」
その通り、立派になればいい。
せめてそれを応援しようと、私は王子に助言していった。
もともと努力家なのだ。少しずつ受け入れてくれて、彼は立派になっていく。
その成長が嬉しくて、私も気を引き締めて益々張り切った。
王子の見違える成長に、陛下に別室に呼ばれて礼を言われた。
「母親がいない息子が心配だったが、お前のお陰で立派に学んでいるようだ」
「恐縮です……陛下」
「今後とも王子を頼む」
その言葉を私は噛み締めた。
「ところで、やはり王妃になるのは嫌か?」
「申し上げます陛下。私は確かに教養だけならばふさわしいと思いますわ。けれど心が伴わないのです」
目を閉じて、ゆっくりと開く。
陛下のブラウンの瞳と目があった。
優しげだった瞳の奥には、歳のせいか陰りが見える。
小さくズキリと胸が痛んだ。
「まもなく高校に入学する。そして卒業までの三年間でお前の気持ちが変わらぬのなら、婚約破棄について検討しよう」
「……感謝いたします陛下」
私が王子を支えてみせる。次期国王にふさわしいように……そう心に決めて私は入学した。
陛下との約束を胸に、私は学校生活においても王子を指導した。
さぞや、うるさい小姑だったに違いない。
それでも彼のためなのだ。
たとえ私が嫌われても、卒業すれば会えなくなるのだから。
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