第5話【リライト】『びしょぬれツバメは雨に笑う』3 芝草 様

【原文】『びしょぬれツバメは雨に笑う』――3、空想そのもの


【作品タイトル】『びしょぬれツバメは雨に笑う』


【作者】芝草 様


【作品URL】


 https://kakuyomu.jp/works/16818093094619238181


【該当話直リンク】


 https://kakuyomu.jp/works/16818093094619238181/episodes/16818093094619419735



【作者コメント】


 ……リライトに関する特別な希望はございません。登場人物たちと一緒に、自由に楽しんで書いて頂けるとうれしいです。


【リライトコメント】

 お目汚し、失礼します。

 何度やっても生き生きしたツバメを再現出来ず、正直、諦めようかとも考えた作品です。

 情景描写がツバメの臨場描写を止めるので合ってない事は分かってたのですが、竜とその寝床が書きたいだけでリライトしました。

 書かせて頂き、ありがとうございました。


 ======本文======



 あのニュースを見たのはいつだったのか。


 プールや海で飛び込んだ人が、骨折こっせつして大怪我おおけがをしたって話。


 ……じゃあ、準備運動じゅんびうんどう練習れんしゅうもなしに、簡達橋かんだちばしから川に飛び込む羽目はめになった私は一体どうなってしまうのだろう?


 そんな恐ろしい空想をする間もなく


 ドンッと体の奥に響くような轟音ごうおんが私の体を震わせた。

 と同時に、銀の無数の泡が視界を埋め尽くす。何も見えない。



 あぁ、終わった……。



 ……と、思ったのだけど、どうもそうではないらしい。


 怪我けがどころか、痛みもない。せいぜい全身がビリビリとしびれるくらいの感覚があるくらいだ。


 簡達橋かんだちばしって、校舎の三階くらいの高さがあるのに……どうして?


 いぶかしんでいる間にも、銀の泡は荒れ狂う濁流だくりゅうみ込まれ、川嶋河かわしまがわの下流へと押し流された。


 当然、私も一緒にだ。


 まずい。私、運動オンチなんだ。当然、泳ぎも得意じゃない。


 おぼれる者はわらをもつかむというけれど、

 私が無意識に掴んだのは、カンダチの右手だった。


 ──私は両手で必死にそれを握りしめた。



 ちなみに。



「男子の手を握っちゃった! 初対面なのに!」なんて照れる余裕は、当然無い。



 なにせ、目の前でありえないことが起こったのだから。


 命綱いのちづなにも等しいカンダチの手が、みるみる巨大化していくのだ。


 私の両手の中でその手は、ギシギシと音を立ててふくらみ、丸太みたいに巨大化した直後、まばたきする間もなく、爪は鋭くとがって、ナイフみたいに光をねた。


 彼の変化はそれだけでない。


 ――うろこ


 白銀の中で輝く、絹の羽衣はごろものような白いうろこが、カンダチの体を隙間すきまなくおおってゆく。


「なにこれ、どうなってんの!」


 思わず叫んで手を放した私は、すぐに後悔した。


 そうだった。私、運動オンチだった。


 命綱いのちづなを失って、再び濁流だくりゅうにのまれて、どんどん沈んでゆく私。


 でも、おかしい。いくら沈んでも、足が底につかない。


 川嶋河かわしまがわってこんなに深かったっけ……? 町でいちばん大きな川とはいえ、さすがに変だ。


 息を止めてるのも限界に近くて、意識がどんどんぼやけていく。銀泡ぎんぽうも見えない。


 ……苦しい。冷たい。おぼれる――。


 その時だった。


「おい、ツバメ。顔色が悪いぞ。呼吸をしろ」


 カンダチの声が聞こえた。まるで水中そのものがささやいているかのように。


「そんな――無茶むちゃ――言わないでよ」


 切れ切れに私は言い返す。


「水中で息なんて――できるわけないよ」


「いいからやってみろ。ここは川嶋河かわしまがわの底の底。特別な場所だ。なにせ俺の住処すみかだからな。人間でも息ができるはずだ」 


 カンダチは、フンと鼻を鳴らした。


「第一、それだけペラペラしゃべっておいて、何を今さら言っているのだ」


 ――確かに。


 私は、恐る恐る息を吸って――吐いた。


 カンダチの言うとおりだ。


 私、水中で息ができてる。全然苦しくない。何これ、どういうこと?


 混乱こんらんで頭がいっぱいだったけれど、それでも悪いことばかりじゃなかった。


 呼吸が整い、視界もはっきりしてきた。


 気がつくと私は、光に包まれた巨大水槽すいそうの中を、漂っているように感じた。


 水はしんと澄みきり、体は羽のように軽い。


 さっきまで濁流だくりゅうに飲まれていたのがうそのようだ。


 見上げると、水の中に天使の梯子はしごのような光がゆらめいていた。


 その光を見ていると、ここが水中だということすら忘れてしまいそうだ。


 まるで、空の上をただよっているみたい。



 ――ここが、カンダチの住処すみか、か。




「落ち着いたか、ツバメ」



 再び、カンダチの澄んだ声が四方から広がって来た。


 私はだだっ広い水の中を見回したけれど、その姿は見あたらなかった。




「カンダチ? どこにいるの?」




「お前の上だ」




 その声にうながされ見上げた私は――あまりの光景に、思わず口が開いたままになる。



「――りゅうだ」



 その言葉は、無意識むいしきのうちにこぼれ落ち、泡となってゆっくりと、水の中を立ち昇っていった。


 また例の空想癖くうそうへき? とか、言わないでほしい。


 だって、私の頭上ずじょうを悠々と泳いでいたそれを、たったひと言で表すなら――


 これしか、なかったのだから。


 それは、悠久ゆうきゅうの時を宿やどして生きる巨木のような、白銀はくぎんへび


 頭上には鹿のつののように枝分えだわかれした二本のつの


 しなやかにうねる長いひげは、まるでむちのようにれていた。


 そして――


 私みたいな小柄な女子中学生なんて、丸ごと飲み込まれてしまいそうな大きな口。


 そこに備わったのは、けんのようにするどきば


 けれど、その牙ですらかすんで見えるほどの、


 その目――


 強く、赤く、鋭く光る、一対の巨大な目。


 それは、私が何度も空を見上げ、夢に描いたりゅう


 空想の中にしかいなかったはずの、あの姿だった。



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