第20話「コンドルは飛んでいく」

       ジャック6


 針ヶ谷さんは図書室に戻るとカウンターに引っ込み、こちらに背を向けて本を開いた。


「ねえ、針ヶ谷さん」

「佐野くん、悪いけど今日はもう何もする気になれないよ」

「わかるけど、針ヶ谷さんは全然悪くないよ」

「今日はもう帰っておくれよ」

「ジャックはこれから」

「佐野くん!」


 言葉を遮られ、「頼むよ」とか細い声で言われた。


 針ヶ谷さんには推理をする才能がある。神はその才能を与える代わりに、一つの代償を払わせた。それは、大人数に対する恐怖だ。


 1対1、ないしは少人数相手だったら、堂々と話をすることができる。だが、五人以上になると萎縮し、パニックが起こってしまう。だから今日も、私があらかじめ調べ、彼女の盾になろうとしていたはずなのに、守りきれなかった。


「ごめん、また明日来るよ」


 そう言って、図書室を立ち去る。胸の中でもやが立ち込めているような気分だ。先が見えず、じめっとし、気持ちが暗くなる。しばらく、行くあてもなく文化祭を徘徊していたら、「やあやあ、佐野さん」と声をかけられた。


 振り返ると、そこには頭に鳥でも飼っていそうなぼさぼさ頭の女子生徒が立っていて、右手の親指と人差し指で銃を作り、ばきゅーんと私を撃ってきた。


 私は苦笑しながら、同じポーズで撃ち返す。


「針ヶ谷ちゃんは?」


 肩をすくめてみせる。


「ジャックを追っていたんですけど、ちょっとトラブルがありまして。休憩中です」

「トラブルねぇ。で、うまくいきそうなの?」

「針ヶ谷さんなら、きっと解決してくれますよ。信じてます」


 田淵さんが、「君は難儀な性格だねぇ」と苦笑した。


「答えたくなかったらいいんだけどさ、君ってどうして男の格好をしているの? ファッション? それともトランスジェンダー?」

「どうなんでしょうね。恋愛対象とか肉体の違和感どうこうよりも、自分がどんな枠組みの中にいるのか、どんなカテゴリーの中にいるのか、わからないんですよ」

「中性とか無性ってこと?」

「それも含めてです。自分が何なのか、性別も役割も、自分で考えて決めたくて。例えば、女だからっていう理由で渡される服とか、恋をするなら男の子ととか、自分で選んでない生き方が嫌なんですよ」

「君は見どころがあるね」


 田淵さんがなんだか嬉しそうな顔をする。


「正しいと思うことに向かって行動する針ヶ谷さんと出会ったから、なんですけどね。針ヶ谷さんは、打たれ弱いけど、絶対に挑み続けます。強いんですよ。彼女は」

「それで、君は手始めに格好から変えた、と」

「単純すぎますよね」

「真っすぐでいいんじゃない? ややこしくてこじれてる人がたくさんいるしさ」


 田淵さんがもさもさと頭をかき、ふあーっと大きなあくびをする。


「失礼、寝不足で。あっ、もう始まっちゃってる。急ごうか」


 ミスターコンテストを見届けるつもりはなかったけど、田淵さんに誘われて、私はグラウンドにあるメインステージのそばへと移動した。飲食系はまだやっているが、演目系のクラスはもう終わり、残す今日のメインイベントはミスター苺原を決めるイベントだけだ。


 グラウンドは既に人で溢れ、外部の人も入り混じり、賑やかな雰囲気になっている。


 五人の男子生徒が横並びに椅子に座っていた。爽やか系、スポーツ系、ノリの良さそうな生徒系、最後は不機嫌そうな顔をしているけど絵になる男子だった。


「それではラスト、エントリーナンバー十番、急遽参加が決まった、ブラックホース枠です。三年六組の森谷公平さん、どうぞ!」


 そう呼ばれ、森谷公平はしばらく椅子に座ったままだったが、何かを諦めるようにかぶりを振り、立ち上がった。


「マイクの前までお願いします。急遽、参加されることになりましたが、これはどういう経緯なんですか?」

「友達が勝手に応募したんだ」


 よくある回答ですね、と司会者が観客席に向かって言うと、笑いが生まれた。


「恋人はいる?」

「いらない」


 今度はしんと場が静まり返った。森谷公平も、意味を履き違えたことに気づいたようだが、弁解をする気力はないのか、弁解はしなかった。


「早く終わらせよう」

「やる気満々じゃないですか。それでは、特技を披露していただきましょう!」


 森谷公平は困ったような顔で、集まっている面々を見回した。


 美男子だとかイケメンだとか爽やかだとか、そういう言葉では言い表せない妙な魅力のある顔立ちをしている。個性的な顔立ちというわけではないが、整っている。鼻筋も通り、目元は涼しげなのに、目つきは鋭い。


 森谷公平の視線が、ぴたりと一点に止まっていることに気づく。ちらりと確認すると、私のそばにメイド服の格好をした三つ編みの女子生徒が立っていた。背が低く、眼鏡をかけているからか真面目な印象で、メイド服姿が様になっていた。


 しばし、時が止まったように、二人の間で視線が交錯していた。


 無言の会話をしているように見え、なぜだか羨ましくなった。


 森谷公平は一歩前に出ると、マイクに息を吹きかけた。


 が、それはただの息ではない。口笛だった。荒野を彷彿とさせるような、郷愁を誘うメロディだ。ちらつくビブラートが胸を震わせる。


『コンドルは飛んで行く』


 曲名に気づいたときには、ジャックやハートのキングにまつわる、胸の中のざわつきが穏やかになっていた。


「以上です」


 森谷公平がそう言って席に戻る。


 司会者が、はっとした様子で、拍手を送る。


 観客たちも水を打ったように静まり返っていて、感動しているのか拍子抜けしているのかわからない。特技が口笛かという反応にも思えるし、演奏に心を打たれているようにも思える。


 彼の世界を見せつけられて、反応に困っているのではないかと私は感じた。


「これから係の者が回りますので、ボックスの中に投票用紙を一枚入れてください」


 箱を持った生徒が十名程、観衆の中を周り始めた。


「ねえ、誰がミスター苺原になると思う?」

「田淵さんの予想通りだと思いますよ」


 答えながら、私も箱の中に投票用紙を入れた。


 五分ほど経過すると、司会者の元に生徒が一人駆け寄り、紙を手渡した。


「結果が出たようです!」


 司会者がハンドマイクで声をあげる。ぴりっとした空気がグラウンド全体に伝播していくのがわかった。固唾を飲んで見守っていると、彼はゆっくり口を開き、受け取った紙を開いた。


「人生何が起こるかわかりませんね」


 司会者がそう言って、グラウンドに集まっている観客と、ミスター候補者を眺め、たっぷり間を置いてから、「栄えある、今年のミスター苺原は」ゆっくり口を開いた。


「森谷公平さんです!」


 拍手が巻き起こる中、当の森谷公平は、心の底から嫌そうな顔をしていた。

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