第14話「なんであいつらの思い出の一頁を作る為に、あたしらが協力しなきゃいけないんでしょうね」

      キング5


 文化祭から脱け出したい。出口はどこだ。


「恋愛シミュレーションゲームで、休み時間の主人公の行き先を選ぶだろ? その選択一つで話が分岐する。可能性の取捨選択なんだ。小南さんが文化祭から出られる何かを探すしかない。あえて色々なことをするんだよ」


 大田原が、鼻の穴を膨らませて断言する。


「大田原が解決できるんじゃないのか。俺より役に立ちそうだ」

「小南さんが文化祭から出られないのと同じで、おれもこの実験室から出られない。文化祭なんてのはね、スクールカーストの上の奴らだけの祭りだよ。下の下の我々は、息を殺して終わるのを待つしかないのさ。悲しいね」

「引きこもりめ」

「その言葉はそのまま返すよ。小南さんの件がなかったら、ずっと古本市の店番をするつもりだっただろ。カビ臭いねえ」


 そう言われると、ぐうの音も出ない。


「この二日間で小南が何かをすると、文化祭の次の日に出られるっていう太田原の説を信じると、小南が最初の文化祭で何かを失敗したから出られないんじゃないか? 今度はそれを成功させればいい。違うか?」


 ここまで合いの手程度で俺と太田原のやり取りを見ていた小南に、視線が集まる。


「一日目は朝、学校に来て出欠を取ってからクラスの喫茶店でウェイトレスをお昼までやって、お昼は友達と父母会がやってる屋台の焼きそばを買って食べて、その後、その子が好きな他校の男子が来たとかで、シフトを外れたいっていうから代わりに午後中入ってあげたって感じだね」


「文化祭というよりも、バイトのシフトと昼休みって感じだな」


「二日目も、学校に行って朝からお昼まで教室で店番をして、お昼は友達とドーナツとチュロスを食べたりしたかな。その後」


 言葉が途切れた。何をもったいぶっているのだろうか、と訝っていると、「まぁ、そのくらいかな」と小南はまるわかりの嘘を吐いた。


「小南、ここで俺たちに隠し事をして、中途半端に協力を得られて解決できるのか?」


 小南はなんだか照れ臭そうに顔を伏せてから、口を開いた。


「そうだね。ちゃんと話すね。二日目、お昼を食べてたらスカウトをされたの」

「スカウト?」


 困ったような顔で、頭を掻きながら「ミスコンの」と呟いた。


 おじいさんは山に芝刈りに、お婆さんは川に洗濯に、幼馴染はミスコンに、頭の中でそんなふざけたフレーズが思い浮かんだ。とてつもない違和感だ。


「最初は断ったんだけど、なんだか人がいないとかで困ってるみたいだったから」

「小南さん、押しに弱いタイプっぽいしね」太田原が憐みの滲んだ声をかけた。

「で、出場しちゃったりなんかして」

「それで、ミスコンに出てからその後はどうなるんだ?」

「その後は、ハートのキングのイベントが始まる予定だったんだけど、ハートのキングが盗まれてることが発覚して、それで、イベントは中止。尻すぼみのまま、文化祭は終わっちゃった」


 ハートのキング。唾棄すべき告白イベント。


 その開催が小南のループに関係しているのだろうか。


 俺の知っている小南は、控え目で体を動かすよりもインドア趣味で、だが社交的だから他人に優しくて面倒見が良い。成績も良い。


 だが、ふと、よくわからないなと思った


 小南が何かを欲しがったり、したがったりするのを見たことがないし、将来何になりたいかを聞いたこともない。静かにしていて、程よい距離感で付きあっているが、俺は小南の何を知っているんだろうか。


「公ちゃん、行こうか。関係あるかわからないけど、何でもやってみないと」


 呼ばれ、はっとする。相槌を打ち、立ち上がった。礼を言い、太田原を残して別れる。


「ミスコンとハートのキングに出場って、小南はそれでいいのか? 俺と同じで、そういう目立つことが好きだとは思わないんだが」

「しょうがないよね。それで文化祭から出られるかもしれないなら」

「随分逞しくなったなぁ」

「実質、公ちゃんよりも十三日年上のお姉さんになっているからね」


 小南と俺は誕生日が同じだ。近所で親同士の交流もあるから、一緒に祝われたこともある。繰り返しているせいで差が生まれたとなると、なんとなく悔しくもあり、寂しくもあった。


 廊下を進んでいると、「人生相談の教室」という看板が立っている教室があった。


 胡散臭さに小南が興味を示して、中を覗いている。


 俺も顔を入れてみると、想像以上にがらんとしていた。教室の奥には保健室にあるようなついたてが四つ並び、五つのブースができているが、誰もいない。賑やかな文化祭の片隅で、彼らは何をしたいのだろうか。


「折角だから、相談していこうか」


 小南が冗談としか思えないことを口にしたので、思わず顔をまじまじと見てしまった。


 気にする様子もなく、小南が教室の中に入って行く。ブースの中を覗きながら進み、一番奥の前で立ち止まって俺の顔を窺ってくる。


 戻ろう、と口を開いたが小南は吸い寄せられるように、衝立の向こうに入った。


 簡素な教室の中に、衝立が並んでいるのはまるで健康診断のようだ。机を挟んで座っていた女子生徒が俺たちを見て目を丸くした。スナック菓子を食べながら、少女漫画を開いている。ここにも、文化祭に背を向ける奴がいた。


「あの、人生相談してもらおうと思って」と小南が声をかける。

「まじですか? いらっしゃいませ。どうぞ座って下さい」


 ウェットティッシュで手を拭きながら、女子生徒がそう言うと、小南は腰を下ろした。椅子は一つしかないから、俺は隣で立っていることにする。


「よく来ようと思いましたね。あたし、花木はなきです」

「文化祭で、これほどさびれたクラスは珍しいな」


 俺が感想を口にすると、花木は周囲をきょろきょろ見てから、渋い面をした。


「クラスが一致団結して、劇をやろうと当初は燃えていたんですけど、脚本で揉め、配役で揉め、演出で揉め、最悪な雰囲気になっちゃって。で、ギリギリの段階になって、一番楽なやつにしようってことで、こうなったんです。どうせなら射的とかにすれば、少しは盛り上がったのかもしれないですけどね。ま、文化祭盛り上がってるのって、高校生活って楽しい! とか思ってるクラスの元気な連中じゃないですか。なんであいつらの思い出の一頁を作る為に、あたしらが協力しなきゃいけないんでしょうね」


「台風の被害にあうようなものだよな」


「そうですよ。マジ迷惑。ここだけの話、クラスの劇が破綻したのも、その台風の目のせいなんですよ。SNSの裏アカで、お互いが悪口を言ってたみたいで、誰かがそれを印刷してみんなの引き出しの中に入れたんですよ。台風は消滅したんですけど、災害の爪痕は深く、クラスはこの様です」


 台風が消滅してからの事後処理、復興をしなければいけないことには同情する。


「どうします? 表メニューは人生相談ですけど、裏メニューで占いもやってるんですよ。表にはなしの占い、なんつって」


 得意気な顔をされてイラっとし、「帰ろうぜ」と促す。


「折角来ていただいたので、私も特技を披露しちゃいますよ。当たる占いです」


 小南が右手を差し出すと、花木が両手で包み込むように握った。これが学校の教室じゃなくて、街で行われる宗教勧誘だったら全力で止めるところだ。


 ふっと一息吐き出すと、真面目なトーンで花木が語り始める。


「説明が難しいんですけど、あたし、目を閉じると頭の中に三番目の目みたいものが生まれるんですよ。で、目を凝らしていくと、段々見えてくる感じで」


 そう言いながら、花木は目を閉じ、押し黙った。


 段々と花木の眉間に皺が寄って行く。瞼がぎゅっと閉じられ、口が横一文字に伸びる。顔をしかめながらその様を見ていたら、花木は急にかっと目を見開き、小南の顔をまじまじと見つめた。


「あの、変なことを言いますけど、二日間を何度も何度も繰り返してますよね?」


 花木の真っ直ぐな視線を受け止め、小南がびっくりした顔で固まる。思いがけぬ言葉に、俺も動揺した。


「ハートのキング、あれが原因ですか」


 ハートのキングが何故ここで出てくるのかわからず、反応に困る。


「なんでハートのキングが?」


 難しい注文を受けたと言わんばかりに花木は腕を組んだ。


「なんでかはわからないです。ハートのキングの映像が、残像みたいに残ったんですよ。ハートのキングが呪われてるとか、いわくつきだってのは知ってましたけど」


「そうなのか?」と小南に訊ねる。

「そうなんですか?」と小南が花木に訊ねる。

「知らなかったんですか?」と花木が驚いた顔になる。


 縁結びのご利益のあるもの、くらいの印象しかなかった。


「あのハートのキングのトランプは、呪いの道具として使われていた本物らしいんですよ」


 偽物も本物もあるのかよ、と思いながら「その本物の呪いの効果で、小南がループしてるって言うのか?」と訊ねる。


「わかりませんけど、そう感じました。でも、これ以上説明できないですよ。写真見ただけの人に、料理の味を訊かれても答えられないですよね? それと同じで」


 信憑性があるようには思えないが、もともと文化祭を繰り返すなんて荒唐無稽なことが起こり、そのことを見抜かれたという事実に、素直に驚き、花木の占いを信じてしまう。


「花木さん、どうすればそのお呪いを解くことができるか、何かわかりませんか?」

「いや、あたしにもわからないんですよ。別にハートのキングみたいな陽キャイベントに詳しくないですし」


 そう言ってから、あっと小さく声をもらし、鞄の中から紙を一枚取り出した。折りたたまれているその紙を広げ、「これ! ちょうどいいですよ!」と俺たちに差し出してくる。


 なんだろうかと覗き込んだその紙に、俺は見覚えがあった。


 影絵テイストの、お城とドレスを着た女性のイラストが施され、大正ロマンなフォントで演劇部と書かれている。


 演劇部のチラシか。ぼーっと眺めていたら、あることに気がついた。午前中にはなかったものがそこにはあった。赤い正方形の印記に蔦が張っているような文字で、


「苺原高校生徒会」と書かれている。


 自然と笑みがこぼれてしまった。


 もしかしたら、起死回生の一打を決められるかもしれない。

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