第44話 キャットファイトとは似て非なる

 激昂したエマが此方を睨みながらステップを踏む。

 鬼のような形相ながらも冷静さが残っているのか、無暗に突っ込んではこない。


「それじゃ、お言葉に甘えていきますよ……っと!」


 脱力して一気に地面を蹴り込む。


「は、はや!?」


 反射的に防御姿勢をとったエマに拳を振るう。


 ガキンッ。


 やはり肉体を殴打したとは思えない音がする。

 並みの剣であれば折れてしまうかもしれない。


 エマは勢いで後ろに下がったが、姿勢は崩さなかった。


「どんなスキルなんだか」


「教えねぇよ! 速さだけは一級品みたいだけど、あたしの強度は鋼鉄並み! 防げるもんなら防いでみなぁ!」


 今度はエマが軽やかなステップから一気に間合いを詰めてくる。


 遅い。


 実際は相当な速度なのだろう。

 しかし、エマの動きがひとつひとつスローモーションに見える。


 一直線に突っ込んできているが、突き出そうとしている左の拳はフェイント。

 ギリギリの距離で首を傾けて躱すと本命の右が飛んでくる。

 

 普通ならば重心がズレたことで避けられない見事なコンボだ。

 訓練で叩き込まれた動きでもある。


 スパルタ鬼教官によって鍛え上げられた私の肉体はDEX、つまり敏捷性も並外れた値になっている。

 避けることは造作もない。


 でも、受けて立つ。

 これもジルベールに教わったことだ。

 相手の自信を削ぐには、相手が自信を持っていることで上回ればいい。


 エマの右ストレートが迫る。的確に顎を狙っているようだ。

 眼前に迫る拳がヒットする直前、私はそれを右手で掴む。


 バシッ。


「あれ、普通に女の子の手だ」


「はぁ!? な、なんで!」


 拳が硬質化しているとか、金属性の武具に変化するとかしているものかと思っていた。


 抵抗される前にエマの拳を握ったまま右手を下方向へ払う。

 エマが顔面から地面に叩きつけられた。


「ぐぇっ」


 辛うじて受け身はとれているようだ。まだ意識がある。

 

「ごめんね」


 とどめに首を手刀で軽く叩き気絶させた。

 

 仮にすぐ目を覚ましても彼女の戦意は削いだはずだ。


「今度こそ加勢しなきゃ」


 激しい戦闘音が絶えず聞こえてくる。

 選択を誤れば負傷者、もしくは死者が出るだろう。

 戦況を見極める必要がある。


「そうだ、パトラたちは……!?」


 慌てて振り返ると流れ弾の攻撃魔法をテイラーの魔道具が弾いていた。


「へんてこな形だけどちゃんと機能してるみたい」


 魔道具は枯れた食虫植物のような形をしているが、魔法障壁を発生させて攻撃を防いでいるようだ。

 

 テイラーが筋金入りの魔道具オタクでよかった。


 魔法が飛んでくるということは、ジルベールが相手していた2人組が健在ということか。

 しかし、逆に言えば流れ弾であるうちは彼も無事であるということ。


 まずは他の人を優先しよう。

 

「ザベックさんが押されていた気がしたけど……」


 

 大広間の奥に2人の姿を認める。

 グトの攻勢を捌く構図のままだ。


「ヒャハハ! 守ってばかりじゃ勝てねぇぜ!?」


「そうだな。短剣では攻撃を捌けてもリーチが足りない」


「ヒャッハー! わかってんじゃねぇか! このままくたばりな!」


 ザベックがグトの曲刀を弾き、続く鎖も叩き落す。

 ここまでは先程も見た光景だが、ザベックの雰囲気が変わった。


「悪いな小僧。俺の短剣コレは先端なんだ」


「ヒャハハハハハハ!」


 グトは構わず曲刀と鎖の連撃を繰り返す。

 ザベックがそれを躱しながら背中に手を回し、何かを取り出した。


 ザベックが取り出したそれは複数の短い棒で、それぞれが鎖で繋がっている。流れるような手捌きで棒を連結すると、一本の長い棒へと姿を変えた。


「ヒャハハハハ! 棒を繋げてリーチを手に入れたってか? 棒術使いの真似事はやめときな! そんなツギハギじゃ役に立たねぇよ!」


 グトが曲刀を投げつける。途中で鎖を引いて軌道を変え、曲刀はザベックの首を目掛けて飛んでいく。


「棒術? 言っただろう短剣は先端だと」


 ザベックが深く沈み込んで曲刀を躱し、棒の先に短剣を差し込む。

 遠目からでも完成したそれは槍であることがわかった。


 後ろに引いた槍を引き戻しながらザベックが踏み込む。

 

 槍はグトが曲刀を引き戻すよりも先に彼の身を貫いた。


「ぐあぁぁあああぁぁ!」


 グトの悲鳴が聞こえる。


 ザベックは悶えるグトを彼の鎖で縛り無力化した。


 

「ザベックさんは心配なかったみたい。それなら、ジャン!」

 

 ジャンは反対側で戦闘していたはずだ。

 身を翻して戦闘していた付近まで駆ける。


「あら、お仲間を助けに来たのかい?」


 そこには悠々とテイラーたちの元へと向かおうとする女がいた。


「イサって呼ばれてたっけ。ジャンはどうしたの」


 女が鞭を束ねてパンッと音を立てる。


「いい男だったからね。殺さずに転がしてあるよ。ほら、あそこさ」


 イサが示した方を見るとジャンが縄で縛られて転がっていた。

 妙に縛り方が凝っている気がするが、ともかくジャンは生きているようでよかった。


 こちらに気が付いたのか、ジャンが大きな声で叫ぶ。


「ごめんなさいっす! 自分負けました! 怪我は大したことないので心配ないっす!」


 怪我も大したことないらしい。

 イサは本当に手加減していたのだろう。

 彼がイサとぶつかったのは幸か不幸か、今は考えても仕方がない。


「今助けるよ! ちょっと待ってて!」


 ジャンに向けて声をかけるとイサの高笑いが耳に響く。


「あの男が勝てないのにあんたが何をするって?」


 イサが鞭を振るい、空気が破裂する。


「ジャンはスパルタ鬼教官に鍛えなおしてもらうよ。ところでエマって人とあなた、どっちが強いの?」


「余裕だねぇ。純粋な戦闘力でいったらあの暴力女の方が高いけど、それがどうしたっていうのさ。あんたが敵わないことに変わりはないだろ?」


「安心した。ねぇ、どうして遊撃してるはずの人が来なくて私がこっちに来たと思う?」


 私の問いにイサの顔から血の気が引いていく。


「あ、あんたまさか、エマをヤったって言うのかい。あの暴力女がそう簡単に負けるはずが」


「そのまさか」


 一気に身体を沈み込ませて前方に疾駆する。


「くっ、はや――」


「ごめんね」


 イサが鞭を振るうよりも早く彼女の胸ぐらを掴んで地面に叩きつける。


 声にならない声を上げてイサが白目を剥く。

 

「ジャンを殺さないでいてくれたから、私も殺さないよ」


 転がった鞭を拾い、彼女を縛る。

 そのまま戦闘から遠ざけられたジャンの元まで担いだ。


「いやぁ助かったっす! この人めっちゃ強かったっすよ!」


「無事でよかった。パトラの元まで歩ける? 早く治療してもらって」


「了解っす!」


 ジャンが後退していくのを見守りながら、イサを地面に寝かせる。

 

「あとはダグレスさんだ」


 筋肉モリモリマッチョマンの彼が負けるとは思えないが、指揮していたガイという男も相当強そうだった。

 周囲を見渡すと、戦闘開始位置からずっと離れた場所で彼らの姿を見つけた。


 戦闘は私が思っているよりもずっと激しいものだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る