第7話

入学式が終わり、講堂の張り詰めた空気がゆるむとざわめきが一気に広がった。

魔法科の生徒たちは集団で右側の出口から、錬金術科の生徒たちはまばらに左側の出口に向かって歩いていく。

その分断の様子はまるで見えない壁が学院の中を仕切っているようだった。


そして錬金術科の校舎に戻ると案内された教室に入った。

工房と教室を兼ねた空間は石造りの壁に木の梁、分厚い机には練習用の薬草や瓶が整然と並んでいる。

窓からの光が粉塵で少し霞み、独特の金属と薬品の匂いが漂っていた。

木の机にはすでに幾つかの焦げ跡やインク染みがついていて、磨かれた石板の床には薬品をこぼしたであろう痕がところどころに残っている。

ジーナが隣の席でさっそく机の焦げ跡を指でなぞりながら小声でつぶやく。


「うわっ、これって前の生徒がやらかした跡じゃない?」

「かもね」


エルメが苦笑したそのときだった。ガラリ、と音を立てて教室の扉が開く。


入ってきたのは長身で細身、黒と灰色のまだら髪に細い銀縁の眼鏡をかけた男だった。

その眼差しは鋭く、まるで生徒ひとりひとりを一瞬で値踏みするように教室内をじっくり見まわすと


「ほぉ・・ざっと見たところ緊張と期待が半々、といったところか。まぁ、初日ならそれも致し方あるまい」


誰にともなくつぶやく声は低く、独特の間を持つ。そして眼鏡の奥の瞳が細く光ると彼は教壇の前に立った。


「私はシェデル・リウム。この錬金術科において基礎理論と応用技法の教鞭を執る者だ」


彼のことも勿論知っている。光冠のセレナーデでは隠れ攻略対象だったキャラだ。

気だるげで投げやりな態度が目立つけれど実際は誰よりも生徒思いで、優れた錬金術の使い手。困難に陥った主人公たちを何度も陰で助ける隠れたキーパーソンだったそうだが光よりも保身第一!では話の描写がほぼ魔法科内に留まっていたので彼の活躍はほぼほぼ無い。


教壇に立った彼は「・・・さて、錬金術とは何たるか」といきなり語り出す。


「錬金術とは、物質の理(ことわり)を見抜き、手にし、意のままに制御する技。ただの技術ではない、自然の摂理と向き合いその法則に己を刻む行為だ・・・忘れるな。この道は安易な近道を許さぬ。愚者は爆ぜ、賢者は築く。それだけだ」


小難しいことを言われ周りの生徒たちはやや困惑した表情を浮かべていたが突然ジーナがその空気を払拭するかのように「はーい!質問でーす!」と挙手したのだ。


「魔法と錬金術の違いを教えて欲しいでーす!」


シェデルは一瞬だけ目を細め、静寂が教室を包んだ。

生徒たちは「こんな初日から質問して大丈夫なのか」と一瞬息をのむ。だが次の瞬間、彼はふっと口の端をわずかに持ち上げた。


「……よろしい。積極的な疑問は、錬金術の第一歩だ」


その声はどこか満足げでわずかに教室の空気が緩んだ気がした。


シェデルは黒板の前に立つと白いチョークを手に取るとさらさらと無駄のない手つきで板に大きく二つの円を描き、その上にそれぞれ『魔法』『錬金術』と書き込む。


「魔法と錬金術。どちらも物質や現象を制御する力に見える。だが根本は異なる」


彼は『魔法』の円の外に精霊と自然と書いてそれを円に向けて矢印を伸ばす。


「魔法とは精霊や自然の力を媒介にし、外の力を借りて成すものだ。王族や貴族たちは加護を受けその力を授かっている。言うなれば借り物の奇跡だ」


続いて『錬金術』の円の中に知恵や経験と字を書きこんでいく。


「対して錬金術とは己の知識、観察、手技、積み重ねによって物質そのものの理を読み解き、変える術。加護に頼らず己の力で結果を導くものだ」


生徒たちに黒板の図を見せるため彼は一歩引くと黒板を軽くノックした。


「魔法は速く、華やかで、便利だ。だがその基盤となる加護や契約がなければ発揮できぬ。一方で錬金術は地味で時間もかかるが学べば学ぶほど裏切らぬ術だ。失敗すれば己のせい、成功もまた己の力となる」


そしてチョークを置くと静かに生徒たちを見渡し「それが魔法と錬金術の決定的な違いだ」と閉める。

生徒たちは先ほどの困惑した空気をすっかり忘れ、皆感心したように黒板を見つめていた。

するとシェデルは教壇の脇に置かれていた小さな木箱から一片の鉱石を取り出しそれを生徒たちに見せるように掲げる。


「例を挙げよう。これはただの鉄鉱石だ。魔法を使えば火の精霊の加護を借りて鉄を瞬時に熱し、形を変えることもできる。精霊の力を借りればその瞬間、鉄は意のままだ。だが錬金術では鉄の融点を見極め、どの薬剤で表面の不純物を取り除くか、どの温度と時間で鍛えれば最良の強度になるか、積み重ねでしか答えにたどり着けない。つまり魔法は一瞬で形を変える奇跡。錬金術は千度の失敗の先にたどり着く知恵だ」


教室の空気がぐっと静まり返ると


「どちらが優れている、ではない。どちらも手段であり、選んだ道で学び続けることこそが、術を極める唯一の方法だ。」


彼は穏やかに言葉を結び生徒たちを見渡した。


「さて・・・次の時間から諸君の手で最初の基礎実験を始めてもらう。今日のこの話を忘れるな」


ジーナが隣で小さく感嘆の息をつく。


「へえ、あーし、先生のことちょっと好きになったかも」


エルメはそれを聞いて思わず笑みをこぼす。


(確かに。小難しいけど分かりやすくしようってしてくれてる。良い先生なんだろうな)


きっと彼の元で学べば錬金術はもっと楽しいものになるはずに違いない。エルメはシェデルの持つ鉄鉱石を見続けていた。

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