3 謁見

 アルメリアとマリアーナの出会いから数か月後、彼女たちは今日もお茶会を開いていた。




 マリアーナは妹ということもありアルメリアの事を気に入り、こうして時折二人だけのお茶会を開くほどに可愛いがっていた。


 アルメリアの方もこうして可愛がってくれる姉の事を慕っている。


 彼女たちは何度もお茶会を開いているが、不思議と彼女たちの話す話題は尽きなかった。


 そんな中、今日のアルメリアはマリアーナにある話を持ってきていた。




「わたくし、実は今日はお姉様にお話がありましたの」


「なにかしら?」


「やっとお父様とお会いできる日が決まりましたの!!」


「……えっ?」




 アルメリアのその言葉にマリアーナの体は思わず硬直する。だが、当のアルメリアはそんなマリアーナの内心を知ってか知らずか、言葉を続けた。




「遂にお姉さまが仰っていたお父様にお会いできる日が来ましたわ。わたくし、とっても楽しみですの」




 アルメリアは父への謁見に心を躍らせる様子を見せているが、マリアーナの内心はそれどころではなかった。


 そして、マリアーナは焦りからかアルメリアに一つの提案を持ち掛けた。




「ねえ、アルメリア。お父様への謁見の日はいつなのかしら?」


「三日後ですわ」


「……そうなのね。ねぇ、お父様への謁見だけど、私も一緒に行っていいかしら?」


「お姉様と一緒に、ですの?」


「ええ、どうかしら?」


「とても嬉しいですわ!! 本当の事を言いますと、少しだけ緊張していましたの。ですけれど、お姉様が一緒ですと心強いですわ」




 そう言いながらアルメリアは嬉しそうにしている。しかし、そんな様子とは対照的にマリアーナはその表情を曇らせていた。




(だめ、この子を一人でお父様に会わせる事なんて出来ないわ。この子は私が守らないと)




 マリアーナは手を握り締めて、妹を守る決意を固めるのだった。








 そして、二人のお茶会から三日後の事、遂にアルメリアの皇帝への謁見の日が訪れた。アルメリアの自室には朝からマリアーナの姿もある。


 そして、朝食を終えてから少しだけ時間が経った頃だった。




「失礼いたします。アルメリア様、お迎えに上がりました」




 今まで見た事のない服を身に纏った見慣れない一人の男性が現れた。この離宮では基本侍女しかいない。彼は一体誰なのだろうとアルメリアは思っていると、隣にいたマリアーナが「あれは、お父様直属の近衛騎士よ」と教えてくれた。




「マリアーナ様もアルメリア様に同行されるのですか」


「ええ、理由はお父様に直接お話いたします」


「……畏まりました。では、ご案内いたします」




 二人は近衛騎士に先導されながら離宮を出て、そのまま皇宮の中へと入っていく。


 そして、皇宮の中を案内されながら進むこと数十分。彼女たちは皇宮の最奥にある謁見の間の前に到着した。




「では、ここで今しばらくお待ちください」




 案内役の近衛騎士はそう言った後、扉の前に立っている警備兵の元へと向かっていく。




「ここは一体どこなのでしょうか?」


「ここはね、謁見の間よ。この先にお父様がいらっしゃるわ」


「そうなのですか」


「ええ、私の時もそうだったもの」




 すると、大きな音を立てて謁見の間の扉が開き始めた。それを見たマリアーナはそっとアルメリアの手を握り締める。




「アルメリア、私がついているから大丈夫よ」


「お姉様?」


「何でもないわ。行きましょうか、アルメリア」


「はい、お姉様」




 そして、二人は謁見の間へと入っていく。




 謁見の間の中には至る所に美術品が置かれており、豪華な内装も相まって帝国の栄華を象徴するかのようであった。


 中央には奥まで続くように深紅の長い絨毯が敷かれている。


 また、その絨毯の両端には軽装をした騎士たちの姿がズラリと整列していた。その騎士たちが着ている服から、彼らは皇帝直属の近衛騎士団の者たちなのだろうという事が分かる。


 そして、一番目を引くのは謁見の間の最奥だった。そこは周りよりもかなり高く作られており、そこに置かれた玉座には一人の男性が腰かけていた。


 玉座に腰掛けるその男はまるで獅子の鬣のような黄金の髪色をしており、その体からは歴戦の武人が放つような覇気が放たれていた。


 この男こそ、二人の父でありヴァレリア帝国の現皇帝でもあるガイウス・フォン・ヴァレリアであった。


 皇帝の姿を見たその瞬間、マリアーナの体はまるで肉食動物に睨まれた草食動物の様に硬直してしまった。温室育ちの彼女には皇帝が無意識に放つ覇気ですら刺激が強すぎたのである。


 しかし、隣にいる妹の事を思い出し、硬直してしまった体を必死に動かした。




 そして、彼女たちは敷かれた絨毯の上を進み皇帝の目前まで辿り着くと、そのまま腰を折り深々と頭を下げる。




「お久しぶりです、お父様」




 体の震えを隠しながら、マリアーナは自らの父に挨拶をする。だが、マリアーナの姿を目にした彼は不満げな視線を彼女に向けた。




「マリアーナよ、何故お前がここにいるのだ? 余が呼んだのはアルメリアという娘の筈だ。お前を呼んだ覚えはないぞ」


「申し訳ございません、お父様。ですが、この子はお父様への拝謁が初めて。粗相があってはいけないと思い、同行を申し出た次第で御座います」


「なるほど。で、そこにいるのがそうなのだな?」




 そう言いながら、彼は初めてアルメリアに目を向ける。




「ええ、その通りです。アルメリア、お父様にご挨拶を」


「はい」




 そして、マリアーナに促されるまま、アルメリアは一歩前に歩み出て父に向かって、拙いながらもドレスの裾をそっと摘まみながら頭を下げた。




「初めまして、お父様。わたくしはアルメリア・フォン・ヴァレリアと申します」


「ほう、お前が、か……」




 すると、ガイウスは突然自分の周囲に放っていた覇気を一斉に彼女たちへと向けた。




「……っ!?」




 その覇気が向けられた瞬間、マリアーナは酷い体の震えに襲われる。




(な、何か、私たちがお父様の気に障る事をしてしまったの!? だめっ、この子だけでも何とか守らないとっ)




 そして、マリアーナがアルメリアを守ろうと覚悟を決めたその直後、彼女達に向けられていた覇気は一気に霧散していく。




「よかろう、お前の顔は覚えた。これで用は済んだ故、お前たちは戻るがよい」




 ガイウスのその言葉を聞いた瞬間、マリアーナは安堵した。しかし、未だ彼女の体は恐怖で震えており、上手く動かせそうになかった。




「……はい、お父様。これにて失礼いたします」


「失礼いたします」




 そして、マリアーナは震える体を必死に動かしながらアルメリアと共に謁見の場から立ち去っていく。


 その後、自室に戻ったマリアーナはアルメリアをそっと抱きしめながら涙を流していた。




「ごめんなさい、アルメリア。怖かったわよね」


「……お姉さま、一体何を仰っているのですか?」


「大丈夫、もう大丈夫よ……」




 しかし、アルメリアは自分の姉が一体何を言っているのか、全く分からず困惑するばかりであった。








「ククククッ、クハハハハハハ!!」




 アルメリア達が去った後の謁見の場、そこではガイウスが狂笑していた。




「クハハハハハッ、ハハハハハハ!! 面白い、面白いぞ!!」




 その一方で彼の護衛である近衛騎士たちはガイウスの突然の狂笑に困惑を隠せない様子だった。




「陛下、何か面白い事でもおありだったのですか?」




 そう声を掛けたのは彼に長年仕えている側近の一人であった。


 しかし、彼にとってもこの事態に困惑を隠せないでいた。皇帝がこんな風に狂笑をした事など、彼が知る限り数回しかなかったからだ。




「こんな面白い事が他にあるか!! アルメリアといったか、あの娘は余が放った本気の覇気に平然としておった!!」


「なっ!?」


「歴戦の武人ですらない、あんな離宮育ちの娘がだぞ!! 一瞬、余の覇気が衰えたのかとすら思ったほどだ!!」


「……皇女殿下が幼い故に陛下の覇気を感じ取れなかっただけでは?」


「いや、それはない。あの娘は確かに余の放つ覇気を感じていた。その上で平然としておった」


「そんな、まさか……」




 皇帝のその言葉に側近は驚愕を隠せなかった。


 ヴァレリア帝国の皇族として生まれ、幼い頃から無数の戦場で戦い、数多の国々を飲み込んできた彼の放つ覇気は歴戦の武人すら霞む程に濃密なのである。


 皇帝に何十年と仕える彼ですら皇帝の放つ覇気を向けられると冷や汗が流れるのだ。それを齢十にも満たない少女が受けて平然としている事が出来るなど、彼には到底信じる事が出来なかった。




「だからこそ、惜しいな。あの娘が男児として生まれておれば、余の後継者となれる可能性もあったのだがな……」




 ガイウスのその言葉に周りの者たちも言葉には出さないが、思わず息を飲む。




「まぁ、よかろう。あの娘の存在を知る事が出来ただけでも今日は実りある一日であった。さぁ、政務に戻るぞ」


「「「はっ」」」




 そして、彼は部下たちを引き連れ、謁見の間から立ち去るのであった。

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