ひとりじゃない
星来 香文子
みらいのはなし
みらいのはなし(1)
人には必ず、何かしら才能があるらしい。
多くの人は、それが何なのかわからずに日々を過ごしているだろうけれど、私には確実にこれだと言えるものがあった。
「すご……まったく一緒。店の味じゃん。めっちゃ美味しい」
それは、
絶対音感と同じように、音を聞いたらその音階がわかるようなもの。
私の絶対味覚は、一度食べたことのあるものであれば、まったく同じ味を再現することができるというものだ。
私の家は江戸時代から営業している老舗の料亭で、おそらくは遺伝的なものが大きい。
一族には稀にこの才能を持った子供が生まれるらしく、私がまさにそれなのである。
さらに私には料理の才能も兼ね備えているため、今は家庭科部に入部して、某ファストフード店のハンバーガーをまさに完全再現したところだ。
さすがに、企業と同じ食材をすべて入手するというのは難しいため、スーパーで買えるものを代用として使っているけれど……
バンズから手作りした自信作。
家が料亭という反動もあって、ここ最近は洋食ばかり作っている。
特にパン作りにハマっている。
将来はパン屋さんになりたいとすら思っているほどだ。
私の絶対味覚は、家庭科部の中ではもちろん、同じ学年の一部の生徒たちも知っていて、中には「絶対味覚だなんて信じられない」だとか「注目されようとして嘘をついている」だとか、「料理上手を口実に男子の気を引こうとしている」なんていう人もいるけれど、みんな私の才能に嫉妬しているだけ。
「いいなぁ、
「あのねぇ、これは別に遺伝ってだけで、私がすごいってわけじゃないのよ。それに、これが私の才能だっていうなら、私の方が特殊なんだよ。自分になんの才能があるかなんて、この年齢で見つけられている方が珍しいんだから」
「でも羨ましいよぉ。私にも未來ちゃんとおんなじ舌があればなぁって、いつも思う。交換して欲しい」
「そういわれてもねぇ、私のこの舌は一つしかないし」
「じゃぁ、ちょうだい!」
「あはは! 無理に決まってんじゃん! 何言ってんの」
「だよねぇ、わかってる。ふふふ」
同じ家庭科部の
美麗ちゃんは私をいつも褒めてくれるし、純粋に私の才能をうらやましがっているから、一緒にいて悪い気がしない。
控え目で、他のみんなみたいに、私の才能に嫉妬して意地の悪いこをしてきたり、言ってきたりもしない。
名前もミライとミレイの一字違いだし、同じように料理を作るのが趣味だし、話が合う。
それに一緒にいて気楽でいられる。
私には美麗ちゃんといるとデメリットがなにもない。
「――――それにしても、本当に名は体を表すよねぇ。漢字は違うけれど、ミライだなんて。あぁ、でも、美麗ちゃんは違うか」
にやにやと笑いながら、
この人は、私たちとは違って純粋に料理が好きで家庭科部に所属しているわけじゃない。
前に、「ユウみたいないい女が、料理もできるなんて最強じゃん?」と反笑いで話していたのを聞いたことがあったから、間違いない。
確かに優先輩はスタイルもいいし、すっぴんは見たことがないから知らないけど、そこそこに可愛い。
男子からも人気がある。
でも、私はこの人の性格がまったく名は体を表していないことを知っている。
男子や先生の前では猫を被っているが、私たち後輩の前に対して――――特に美麗ちゃんに対して、ちっとも優しくない。
「美麗って意味知ってる? 真逆じゃん」
いつもこうやって、美麗ちゃんを馬鹿にするようなことばかり言う。
確かに、美麗ちゃんは優先輩と違ってスタイルも平均的だし、化粧っ気もないけれど、こんなに執拗に何度も同じことをいわれるほど、容姿が極端に悪いわけでもない。
美麗ちゃん自身も何も言わないから、優先輩は美麗ちゃんをずっと下に見ている。
私はそれが不快で仕方がなかった。
部長に注意してもらうように言ったこともあったけど、部長も部長で優先輩には何か弱みでも握られているのか、そういう性格なのか、あまり強く言えないみたい。
顧問の先生にも言ったけれど、先生は家庭科部の他に茶道部の顧問も兼任していて、正直そっちの方が忙しいらしくて、あまり家庭科部には顔を出さない。
私が老舗料亭の娘であることはこの学校の人間はみんな知っているから、何の心配もしていない――――というより、放置されているようなものだった。
そもそも、私たちが入部する前に顧問だった先生が産休に入ってしまったかららしいけれど。
「ほんと、名前だけだよねぇ。キラキラしてるの」
「そうですね、自分でもそう思います」
美麗ちゃんは口ではそう言っていても、傷ついている。
優先輩と違って、控え目で、優しい。
それこそ、優先輩よりよっぽど優の文字が似合う。
美麗ちゃんと優先輩の名前が、例え逆だったとしても、関係ない。
名は体を表すなんて、ただの言い伝え……いや、ことわざ?
まぁ、よくわからないけど、そんなのは迷信だ。
今だって、優先輩はこれ見よがしに美麗ちゃんを蔑んで、優越感に浸っているのだから。
「――ところで、優先輩は何を作ってるんですか?」
美麗ちゃんは決して言い返さないし、これ以上優先輩が気持ち良くなる道具にされるのもごめんだったから、私は話題を変えた。
優先輩は家庭科部員らしくそれなりに料理ができるけれど、いつも部員の誰かが焼いたケーキだとかクッキーを見栄え良くデコレーションしているだけ。
その上、自分はダイエットの為に一口も食べないような人だ。
自らオーブンの温度を調整して、何か焼こうとしているなんてとても珍しい光景だった。
「見てわからない? クッキーよ。これ完成したら
「……凪人くんって、確か優先輩のクラスに転入してきた、超イケメンの?」
「そう! その凪人くん! ってか、やっぱ学年違っても知ってるのね。まぁ、あんなイケメン見たことないし、当然よね」
凪人くん――――
私たちとは学年も違うけれど、あまりのイケメンっぷりに学校の女子たちならすでに知らない人はいないと思う。
芸能人みたいに綺麗な顔をしていて、まさに国宝級イケメン。
「クラス男子が好きな女子のタイプを聞いて、美味しいクッキーを焼ける家庭的なタイプって言ってたの。これはもう、作って渡すしかないでしょ?」
「え、優先輩、あのイケメン狙ってるんですか?」
「当たり前じゃん? 絶対落として見せるし」
優先輩は自信満々のようだ。
学校で一番――いや、もしかしたら日本で一番かもしれないイケメンを彼氏にしようとしている。
確かバスケ部の部長と付き合ってるはずだけど……また別れたんだろうか?
その前は、サッカー部のエースだっけ?
「まぁ、結局は美味しいクッキーが作れる可愛い女子が好きなのよ。男なんて。大事なのは顔でしょ、その点、ユウは顔も可愛いし完璧でしょ? 誰かさんとは違って、料理だけ得意でもねぇ、結局は顔だし」
美麗ちゃんの方を見ながら、優先輩はにやにやとまた笑った。
本当に腹が立った。
また美麗ちゃんを下げるようなことばかりして……
本当に性格が悪い。
あまりにも腹が立った為、私が代わりに怒ろうとした瞬間――――
「――あ、いたいた」
その国宝級イケメンが、家庭科室に入って来た。
「美麗、今日は何時くらいに終わる?」
それも、美麗ちゃんに会いに。
その時の優先輩の顔ときたら、本当に笑える。
鳩が豆鉄砲を食らうって、まさにこういう顔なんだろうなと思った。
驚いて目を見開きすぎたせいか、右目のカラコンがずれ落ちて下瞼に張り付いている。
左右で黒目の大きさが全然違った。
ああ、そうか。
優先輩に何の才能があるかなんて考えたこともなかったけど、デコレーションか。
顔も、ケーキも。
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