第3話「国民討論・食卓の危機」

 テレビ画面には、華やかなスタジオセットと、整然と並ぶ五人のパネリストたちが映し出されていた。


 その映像を、農政大臣・米潰侵太郎(こめつぶ・しんたろう)は、執務室の隅で無言のまま見つめていた。


「米はもう“国産”にこだわる時代じゃありません。世界に目を向けるべきです」

 若手議員が歯切れよく語ると、司会者がうなずきながら言葉を添えた。


「たしかに、国際価格と比べて国内産は割高ですからね。消費者のためを考えれば、自由化は自然な流れでしょう」


「米は単なる商品ではありません。田んぼは水資源を支え、洪水を防ぎ、地域社会をつなぐインフラでもある。さらに、玄米は有事の備蓄食として栄養価も高く、極めて有効です。価格だけの問題ではないのです」


 反論したのは、中年の農業系研究者だった。


「ですが、農家の高齢化と担い手不足も事実です」

 通商派のシンクタンクに所属する経済評論家が、淡々と指摘する。


「備蓄には保管コストがかかる。売らずに眠らせておくより、市場に流したほうが効率的です。その方が、国民の食卓にも届きやすい」


「“効率”を優先しすぎた結果、カビ米の流通や食中毒といった事態を招いた過去があります。あの記憶を忘れるには、私たちはまだ、十分に豊かになったとは言えません」


 議論は続く。意見が交わされるたび、画面にはテロップが走り、司会者が巧みに話題を誘導していく。


 そのすべてを、侵太郎は椅子に身を沈めたまま、表情ひとつ動かさず見つめていた。

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