0003_魔力量増強訓練
翌日。
「さて、今日こそ元気に魔力量増強訓練といこうか!」
とはいえ、やることは単純。
『治癒』の魔法を魔力が尽きるまで使う。
以上。
魔力量増強訓練などと大仰な看板を掲げているけれど、やっていることは単に魔力を全て使い切るだけのシンプルなものだ。
この世界では常識だが、「魔力は使えば使うほどに増える」と言われている。
筋トレと同じような考え方だったことから違和感はなかったが、「本当にそれだけなのか?」と思いいろいろと試してはみたものの、結局は言い伝えがどうやら正しいものらしいということの裏付けが増えるだけの結果になった。
「裏技みたいな方法が見つかればそれがよかったんだけど、世の中そううまくいくわけもないね、うん」
おそらくそんな方法はこの先も見つかることはなく、仮にあったとしても、見つかる前に僕の寿命が尽きて死ぬだろう。
『若返り』の魔法を完成させるための早道を見つけるために時間切れになってしまっては本末転倒だ。
「そうとわかれば、毎日魔力を使い切っていくことで魔力量を増加させていくという地道な積み重ねをしていくほかないね。
早速やっていくとしよう!」
なお、昨日今日で魔力が一気に増えるはずなどなく、今日も『治癒』の使用回数は1回で、2回目は発動しなかった。
さて、この魔力量増強訓練だが、まあとにかく地味で、成果が出るにもやたらと時間がかかる。
そのおかげで目立ったデメリットは特にないのだが、まあ強いて言うなら。
「……っはぁ!
ぜぇ、ぜぇ……。
くっそ……疲れる……」
とてつもなく疲れる。
普通に体力を使う場合はだんだん疲れがたまってくるのだが、魔力を使い切ると、その瞬間に全身を凄まじい疲労感が襲う。
「昨日は、一体……何だったんだ……」
昨日までの実験で2回魔力を使い切っているのだが、その時はアドレナリンでも出ていたのかあまり疲れは感じていなかった。
しかし、改めて魔力を使い切った際の疲労を感じてみると、力尽きるまで全力疾走でもしたのかと思うほどの疲労感で、しかもそれが頭の先から足の先まで全身を襲ってくる。
「これは……は、はは。
凄まじい、ね。
この……疲労感、は」
歩く気は起きない、食欲も失せる、疲れすぎで眠くもならないという凄まじい疲労感だ。
魔力を完全消費しなければ、一生経験することはないだろう。
今後これを毎日続けるのかと思うと不安がすごい。
「そ、そうだ……き、記録を……。
実験の……」
――――――――――――――――――――
魔力の完全消費から丸1日後。
『治癒』が1回発動、2回目で失敗。
つかれる
――――――――――――――――――――
変化がなくてむしろ良かった。
この疲労状態で新しいことがわかっても、記録もままならないし考察など不可能だ。
頭が回らない。
また明日、魔力が回復してから……。
魔力が……回復してから?
「魔力が回復するというのは……一体どういうことだろう?」
いや、僕は何を言っているんだろう。
魔力が回復するというのは、魔力が回復するということじゃないか。
疲れすぎて思考が変になっているのかな……。
とにかく寝ないと……疲れすぎてかえって眠くないけど、でも寝ないと魔力が回復しないから……?
「……どうして、寝ないと回復、しないんだろう?」
いやいや、何を言っているんだ。
寝ないと回復しないなんていうのは常識じゃないか。
筋肉だって休ませないと回復しないんだから……いや、でもそれは休ませる必要があるのであって、寝ないといけないのとは別の話なんじゃ……。
うぅ……頭がぐるぐるする……。
だめだ、意識が……。
――――――――――――――――――――
――――――――――――――――――――
翌朝。
「はっはっは!
いやあ、実に素晴らしい経験をしたね!
あれほど凄まじい疲労に襲われたことは未だかつてなかった!
これからもあれを経験し続けるかと思うと頭が痛い!」
疲労だと思ってはいたけど、もしかすると疲労を超越した何かだったのかもしれない。
最終的に眠りってはいたけど、あれは気絶だったんじゃないだろうか。
いつもは家の外で実験をしているが、昨日は結局その場で気を失ってしまったせいで外で夜を明かすことになってしまった。
「それにしても、魔力は一晩眠れば回復する、か」
気絶する前に考えを巡らせたことが、朝起きてもまだ頭に残っていた。
「常識だと思っていたけど……実際のところはどうなんだろう」
魔力の回復とは?
魔力は寝ないと回復しないのか?
寝なくても回復するのなら、一体どんな回復の仕方なんだ?
実際にそれを確かめたことはなかった。
生まれた時からそういうものだと聞いて育ってきたし、人間の体が回復するのに睡眠は必要不可欠だから、違和感はなかった。
「知らないまま……というわけにはいかないね。
ああ、いかないとも!」
『若返り』のロードマップに影響を与える可能性があるというのはもちろんだが、純粋に疑問をただ放置しておくことなどできない。
「まずは魔力の回復についての常識を整理してみようか」
僕が聞いていた「常識」は2つ。
魔力は一晩眠れば回復する。
魔力は大人しくしていれば回復する。
「これは、別々の話なのか?」
魔力は一晩眠れば回復する、に関してはおそらく正しい。
朝起きた時に魔力が空っぽだったことは、多分なかった。
……寝不足の時は少なかったかもしれないけど。
大人しくしていれば回復する、の方については、「大人しく」というのが若干あいまいだけど、安静にしていれば魔力が回復するというなら、一晩眠るというのは十分条件だろうか。
一晩眠っていると結果的に大人しくしていることになるから、魔力が回復するという話なのかもしれない。
「だとすると、起きていても魔力は回復するのか?」
その可能性はある。
筋肉だって、眠っていなくても休ませていれば回復するんだ、魔力も同じ可能性はある。
……魔力は筋肉じゃないけど。
「と、いうわけでさっそく検証を始めるとしようか!」
今回の検証の趣旨は、「魔力を消費しても大人しくしていれば回復する」というのが、眠らなくてもいいのか、眠らなくてもいいなら、どれくらいで魔力が完全に回復するのか、ということだ。
もし起きていても魔力が回復するなら、魔力が回復し切る頃に再度魔力を完全消費すれば、効率よく魔力を増やしていけるはずだ。
検証に当たっては、まず魔力を完全に消費し、そこから完全に回復するまでの時間を計測する。
ただし、「完全に回復した」こと自体を直ちに把握する方法はない。
魔力計がないからね。
「そこで、こうする」
どすっ。
僕は庭に長めの棒を突き立てた。
長さは僕の身長の2倍弱。
試しに長さを『測定』――4239。
約2.6mだ。
さて、この棒は一体何なのかというと「時計」。
つまりは日時計だ。
「多少回り道になってしまうが仕方ない。
研究というのはたくさんの『地道』の積み重ねだからね」
ゲージがあるでもない魔力が完全に回復したことは直接確認できないので、ある程度時間が経った後で『治癒』を基準にした魔力量測定を行う。
とはいえ今のところ1回しか使えないから、1回分の魔力が回復したかどうかということになる。
これを何度か繰り返してデータを集め、魔力完全消費からの経過時間と、魔力の回復量の関係を調べることがこの実験の趣旨だ。
日時計は角度や文字盤をきちんと配置しないと正確に時間が測れなかったはずだけど、1週間以内なら大体同じ基準で時間を測ってもいいだろう。
「では大いなる実験を始めるとしよう!
ワクワクしてきたね」
まず、僕は今の日時計の位置に線を引いた。
地面は土だから、単に木の枝で引っ掻けばそれでおしまいだ。
雨が降ると線が消えてしまうかもしれないので、近くにあった小石を線の先に置いておこう。
この線を引いた位置が開始時刻、すなわち基準となる。
一度魔力を完全消費し、その後一定の時間経過した後に何回『治癒』を使えるかを数えることによって、どこまで魔力が回復したかを計測する。
そして時間の経過を確認するのが、この日時計の役割というわけだ。
「よし、やるか……気が重いけど。
しかし、やらずには済ませられない!
『治癒』の魔法!」
1回の『治癒』と1回の不発。
「ぐっ……。
これで、魔力……完全消費、だ」
再び全身を尋常ならざる疲労が襲う。
『治癒』の不発からもわかるように、魔力が完全に消費された。
「さて、いかほどの……ものだろうね。
眠らずに、回復する、魔力……というのは。
昨日は眠くはなかったけど途中で気絶してしまったからね。
検証のためにも、今回は気絶しないようにしないといけないけど……」
とてつもない疲労感のせいで眠くはない、んだけど……意識が飛びそうだ。
昨日は気絶したのかも……しれないと思っていたけど。
もしかすると、本当にそうだった……のかもしれない。
「まずい、このままだと……。
気を失ってしまうと、検証が……」
そうだ、さっきの『治癒』の回数の、記録を……。
少しでも、意識を……。
「よし、記録完了、だ」
もう少し、耐えれば、きっと……意識が、はっきり……。
――――――――――――――――――――
僕の意識は、そこで途絶えた。
つまり、「眠らずにいると魔力はどのように回復するか」の検証は失敗した。
――――――――――――――――――――
『若返り』完了まであと325年と207日。
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