第50話 黒い馬
イモからトンネルワームの抜け殻を持ってくるよう依頼されたミル、マムル、リンティの三人は、まずその詳細について尋ねた。抜け殻は鉱山のどこに行けば手に入るのか。
「抜け殻かい? 何百年か前に頼んだ人間が持ってきてくれて、その場所も教えてくれたんだがね。残念ながら、抜け殻についての知識はその程度しかないのだよ。私よりも、君たちがギルドと呼ぶ場所の方が詳しく教えてくれるんじゃないかね?」
イモはそう言って、抜け殻について知る限りの経緯を語った。
話が終わると、イモが首元の小さなベルをチリンと鳴らした。すると、庭園の奥から巨大な黒い馬が現れた。全身が漆黒の毛並みに覆われ、どこか神秘的な雰囲気を漂わせている。
「これに乗って帰りなさい。速いし、この黒い馬なら、君たちが再びここに来たい時に、簡単にこの霧の庭園へ来ることができるだろう」
そう言って、持っていたベルをミルに手渡した。
「このベルを広い場所で鳴らせば、君たちをここに連れてきてくれる。ただし、馬が出せるのは広い場所でのみだ。また、一日に一度しか使えず、移動できる距離は徒歩で一日かかる程度が限界だ。使う時は注意することだぞ」
イモはベルの使い方についても詳しく説明してくれた。それは、依頼元である霧の庭園と彼らが行き来するための配慮らしい。
ミルとリンティは驚きながらもイモに礼を言った。マムルも「ありがとー!」と声を上げた。
「ありがとうございます、イモさん!」
「本当に助かります!」
イモは頷いた。
ミルとリンティは黒い馬にまたがった。マムルはミルの肩に座る。馬は合図を送ると、静かに歩き始めた。
黒い馬の速度は驚くほど速かった。しかし、その走りには普通の馬のような地面を蹴る衝撃や、体にかかる慣性力をほとんど感じない。まるで地面を滑るように走っているかのようだ。乗り心地は驚くほど良く、揺れも少なかった。
「わあ! すごい速いねぇ!」
マムルが興奮したように言った。
「ええ、本当に! まるで風に乗っているみたいね!」
リンティも感動した様子だ。
黒い馬は瞬く間に霧の庭園を抜け、チタ高原の霧の中を駆け抜けた。やがて霧も晴れ、見慣れた高原の景色が広がっていく。
そして、ダイガーツの街の近くまで来たところで、馬は立ち止まった。
「ここで降りましょう。この先の街中では、馬を出せないしね」
リンティが言った。二人が馬から降りると、黒い馬は音もなく、まるで霧のようにふっと消え去った。
「消えちゃった……」
ミルは少し寂しい気持ちになった。別れを惜しむ間もなかった。試しにイモから貰ったベルを鳴らしてみたが、黒い馬が現れる気配はない。やはり、一度使うと、次の日にならないと再び使えないらしい。
羊姿の不思議な悪魔、霧の中の美しい庭園、そして神秘的な黒い馬。今日の出来事は全てが常識外れで、ミルは興奮冷めやらぬままだった。
街への道を歩きながら、二人はイモについて話し合った。
「悪魔なのに、悪いこと全然しないなんて、変な悪魔だねぇ」
マムルが言った。
「ええ。それに、お腹が空いて人を呼んでいたみたいね」
リンティはイモの様子を思い出した。
その時、ミルはマムルを見てふと疑問に思った。妖精であるマムルには、今日のイモの姿が一体どう見えていたのだろうか? 人間とは違う見え方をする可能性もある。
「ねぇ、マムル。今日のイモさん、マムルにはどう見えてた? 私たちには羊に見えたんだけど……」
ミルが尋ねると、マムルは少し不思議そうな顔をした。
「え? 羊さん? うーん……なんかね、黒いモヤモヤにしか見えなかったんだぁ……でも、声は聞こえたし、悪い感じはしなかったんだけど……」
マムルの言葉に、ミルとリンティは驚いた。黒い靄? マムルにはイモの姿が羊として映っていなかったのだ。そして、ミルはマムルの首元を見てハッとした。
スベンに作ってもらった銀朱色のペンダントを身につけている。あの銀朱色の魔鉱石には、精神的な干渉や状態異常に対する耐性を増す効果があると、スベンが言っていたのだ。
(マムルが見た黒い靄は、もしかしたらイモさんの本体、あるいは、あの幻覚を見せている魔力のようなものだったのかな……そして、銀朱のペンダントのおかげで、幻覚を見ずに済んだのかも!)
ミルはそう推測した。マムルは、銀朱のペンダントによって、イモの変身魔法を見抜いていたのかもしれない。
イモの正体、庭園のある場所、そして銀朱の魔鉱石の効果。今回のチタ高原での出来事は、幾らかの謎を残したが、同時に、ミルの知識と経験を広げてくれた。
街に戻ったミルとマムル、リンティは、まずはギルドへ向かった。チタ高原での高原薔薇とプラトハーブの採取クエストの完了報告をするためだ。報酬として銀貨2枚を受け取った。
そして、ギルドの受付で、トンネルワームの抜け殻について尋ねてみた。鉱山のどのあたりで手に入りやすいのか、何か心当たりがないかと尋ねると、ギルドの職員は古いトンネルワームの巣穴の場所をいくつか教えてくれた。
次の目標は、イモから依頼されたトンネルワームの抜け殻探しだ。それは、再びドワーフ鉱山へと足を踏み入れることを意味する。
しかし、今度はクニャックへの対処法を知っているし、マムルも銀朱のペンダントを持っている。そして何よりも、あの不思議な悪魔、イモの依頼を果たすためだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます