第43話 報酬は知識

 チタ高原で目にした、霧に浮かぶ色鮮やかな魚。リンティの霊薬作りでの愉快な失敗。ダイガーツでの日々は、様々な出来事に彩られていた。


ミルは「アンワィンドアルペジオ」での歌のアルバイトも順調で、生活資金の心配はない。リンティは霊薬作りの研究をしたり、森を散歩したりと、気ままに過ごしている。


しかし、チタ高原で見た霧魚のことだけは、リンティの頭から離れなかった。あの幻想的な光景は、一体何だったのだろうか。


「ねぇ、ミル。やっぱり、あの霧魚のことが気になるわ。ギルドで何か情報がないか聞いてみない?」


「うん!私も気になってた。行ってみよう!」


リンティの提案にミルも乗り気だった。早速ギルド支所へ向かった三人は、受付で霧魚について尋ねてみた。しかし、職員の答えは芳しくない。


「申し訳ございません。チタ高原は天候が変わりやすい場所ですが、霧の中に魚が現れるという報告は、これまで一件もございませんね」


どうやら、あの現象はまだ広く知られていない、非常に稀な出来事のようだ。


「うーん、残念……」

リンティが肩を落とすと、マムルも「お魚さん、なんだったんだろうねぇ」と寂しそうに呟いた。


せっかくギルドに来たのだからと、三人はクエスト掲示板を眺めることにした。無数の依頼が貼られた中で、あるパーティ募集の貼り紙がミルの目に留まった。


依頼内容は「採掘地の安全確保」。報酬は高くないが、その詳細にこそ意味があった。


『雄黄の魔鉱石採掘地における魔物討伐。最近クニャックの被害情報が多発しているため、周囲の対応を求める。依頼主:祓師クレド』


クニャック――その名に、ミルの心臓がどきりと跳ねる。

精神を蝕む、実体なき魔物だ。依頼主が、霊的な存在を専門とする「祓師」であることにも、彼女は強く引かれた。精神に干渉してくるクニャックの相手としては、まさに適任だろう。


「リンティ、マムル! この依頼、見て!」

ミルは興奮気味に二人を呼んだ。


「クニャックだって! しかも、依頼主が祓師さんよ!」

依頼書を覗き込んだリンティは、真剣な眼差しで呟く。


「クニャックの被害情報が多発……ね。これは、もしかしたら……」


クニャックは恐ろしい。だが、以前ミルが操られかけた経験から、リンティはその対処法を学ぶ必要性を痛感していた。

祓師であるクレドなら、有効な手立てを知っているに違いない。


「リンティ、この依頼、受けてみない? クレドさんに、クニャックの倒し方を教えてもらえるかもしれないよ!」

ミルの提案には、恐怖を乗り越えたいという強い意志が込められていた。


「ええ、そうね」とリンティも頷く。


「リスクはあるけれど、対処法を知る絶好の機会だわ。それに、祓師の方と繋がりができるのは、今後きっと私たちの力になる」


「うんうん! クニャック怖かったもん! やっつけ方知りたいな!」

マムルも元気よく賛成した。


「よし。まずはクレドさんに会って、詳しい話を聞いてから決めましょう。この依頼、応募するわ」

リンティはそう決断し、受付でクレドとの面会を申し込んだ。


ギルドの一室に通され、三人は緊張した面持ちで依頼主を待つ。

しばらくして扉が開き、つば広帽を深く被った、痩身の中年男性が現れた。顔の大部分は影に隠れているが、物静かな佇まいには確かな存在感が漂っている。

彼が祓師クレドだろう。


「君たちが、今回の依頼に応募してくれた冒険者かね?」

クレドは落ち着いた低い声で尋ねた。


「はい。リンティ・エルフィンと申します。こちらは仲間のミルと、相棒のマムルです」

リンティに続き、ミルとマムルもそれぞれ頭を下げる。


「ミルです。よろしくお願いします!」

「マムルです! よろしくお願いしまーす!」


クレドは三人をじっと観察し、その視線には探るような色が窺えた。


「祓師をしているクレドだ。依頼内容は、雄黄の魔鉱石採掘地の安全確保。最近クニャックの出没が増えているため、その討伐を頼みたい。なお、クエスト地の採掘行為は禁止されている」


クレドは自身の戦闘力はほとんどないと付け加えた。物理的な戦闘は冒険者である君たちに任せたい、と。


「君たちの中に、以前クニャックの被害に遭った者がいると聞いたが」


クレドの視線がミルに向けられる。ギルド職員から情報が伝わっていたらしい。ミルは驚きつつも、正直に頷いた。


「はい、私が……」


「ふむ……後遺症がないようで何よりだ。クニャックは実体なく精神に干渉するため、普通の冒険者には対処が難しい」


そこでクレドは、心強い言葉を続けた。


「だが、クニャックが現れた際は私が対応する。君たちは他の魔物に集中してくれればいい」

その申し出は、まさに一行が求めていたものだった。


「クニャックの撃退方法を……教えてもらえるのでしょうか?」


ミルがおずおずと尋ねると、クレドは帽子の下で微かに口角を上げたように見えた。


「依頼を完遂してくれたなら、私の知ることはすべて教えよう。クニャックについて、君たちが知っておくべきことは多い」

報酬は知識。その条件に、ミルの心は決まった。


「分かりました! この依頼、ぜひ受けさせてください!」


ミルが力強く宣言すると、リンティも満足げに頷いた。マムルは不安げな表情を浮かべつつも、ミルの決意を支持するようにこくりと頷いた。


こうして三人は、祓師クレドと共にクニャック討伐任務に挑むことになった。それは、過去の恐怖を乗り越え、新たな知識を得るための、重要な冒険の始まりだった。

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