第2話 草原で盗むもの

──風が、やけに澄んでいた。


 青空、果てしない緑の草原。

 どこまでものびのびとした世界に、レオンはぽつねんと寝転んでいた。


「……夢か? 夢だよな? 俺、ついに警視庁にバカでかいVRルーム作っちゃった系?」


 そう言いながら、レオンは指先で草をちぎってみる。柔らかく、香りもある。風の感触も、頬にリアルに伝わる。


「いや、これ……マジ?」


 立ち上がると、遠くの空にドラゴンが舞っていた。逆方向には、浮遊する城が雲の上に沈んでいる。


 圧倒的な現実感。


 あたりを見回しながら、レオンは小さく笑った。


「100万回捕まったご褒美にしては……ずいぶんゴージャスだな、おい」


 しかし──すぐに異変に気づく。


 胸の中心に、赤く光る何か。

 衣服の内側に輝く、紋章のような魔法陣が心臓部に刻まれている。


「なんだこれ……あ、そうだ! 転生モノって、スキルもらえるんだったな!」


 レオンは自分のスキルを確認しようと、ドラマやアニメでよくあるように、叫んだ。


「ステータスオープン!」


 ……


 何も起こらない。


「……え?」


「ステータス……開けゴマ? インベントリー? 装備? スキル? 何でもいいから……誰か操作パネル寄越してぇぇぇぇぇえ!」


 草原にこだまする絶叫。

 当然、返事はない。


 実はこの時点で、レオンが授かった“怪盗紋章”は既に盗まれていた。

 だが本人はまったく気づいていない。



 そのとき、草原の向こうから悲鳴が聞こえた。


「たすけてぇぇぇえ!!」


 羊を抱えた少女が走ってくる。その後ろから、三人組の山賊風の男たちが追いかけていた。


「よし、ヒーロームーブの時間だな!」


 レオンは自分がまだ無能であることを知らないまま、猛ダッシュで駆け出した。



「よっと! お嬢さん、ここは俺に任せて!」


 レオンは少女の前に立ちはだかった。

 だが、山賊の一人がナイフを振りかざし、すぐさま突進してきた。


(やばい! 本当に何の能力もないぞ!?)


 予想外のスピードに焦りながらも、レオンの体は自然と動いた。

 過去、100万回の逮捕劇──その中で身につけた、**“無意識の回避術”**が発動する。


 しゃがむ、転ぶ、滑る、転がる。すべてが偶然の産物。

 だが結果的にナイフは空を切り、山賊は自ら転倒した。


「へっ、俺に勝とうなんて100万年早ぇよ!」


(いや、完全に今のはマグレなんだけど!?)


 レオンの内心は悲鳴に近い混乱で溢れていたが、外見はまるでスーパーヒーローだった。


 その姿に、少女が目を輝かせる。


「あなた、すごい……! どこの冒険者さんですか?」


「え? 俺? 俺は……そう、“義賊”かな?」


「ギゾク……?」


 異世界の言語での意味がうまく伝わらず、少女は首をかしげる。だが、彼女の瞳には感謝が満ちていた。


「ありがとう、羊さんも助かりました!」


(……なんだろう。人に感謝されるって、こんなに嬉しいもんだったっけ?)


 レオンの中で、何かが少しだけ変わった瞬間だった。

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