形代姫と裏鬼門の聖狼~16番目の妻ですが正妻の娘の代わりに嫁くことになりました
黒姫小旅
第0話 初夜露見
「あんた、男を知っているな?」
面と向かって投げかけられた台詞に、鞠子は背筋の凍る心地がした。
しんと静まり返った塗籠に、遠くで里の者たちが宴会を続けているのが聞こえてくる。都から人間の花嫁を迎えたことを祝う宴だ。当の新郎新婦は蚊帳の外に、里を挙げて呑めや歌えや夜通し騒ぐのだろう。
外の明るく楽しげな雰囲気とは反対に、室内の暗闇には冷え冷えとした緊張感が立ち込めていた。
「そ、れは……どういうことで……?」
かすれた声で、鞠子は目の前であぐらをかいている青年になんとか返そうとする。
表で騒いでいる者たちの頭領――を、継いだばかりだという若い男だ。
白粉すらつけていない顔は浅黒く日焼けしており、筋の通った鼻梁と鋭い眼光の持ち主。互いに座っていても少し見上げなければならないほど背が高い。緩んだ襟から覗く鎖骨や肩の線には筋肉質な隆起を認めることができて、鞠子みたいな痩せぎすの娘くらいなら片手でへし折ってしまいそうだった。
「言葉遊びはナシだ」
青年は抵抗の意思を挫くように言って、身を乗り出した。
動いた拍子に、外からの月明りが彼の耳を照らす。
普通の耳ではない。
人間のそれよりもずっと大きく、しかも短い毛で覆われている。後ろで束ねただけという粗野極まりない長髪と同じ色の、闇夜に溶けるような黒毛だ。
聖獣、“石清水の狼”。
平安の京に都が築かれるずっと前から、聖地『男山』を縄張りとしてきた一族。都で噂されるような恐ろしい野獣の姿でなかったのはありがたいが、人ならざる特徴があるだけでも恐怖するには十分ともいえる。
すくみ上がる鞠子に青年の顔が近づいて、濡れた草と毛皮の匂いが鼻をくすぐる。
触れるほどの間近でスンスンと音がして、得体の知れない感覚に鳥肌が立った。
「かすかだが、匂いでわかる。男と番ったことがあるだろう」
「うそっ。だってもう何年も……あ」
「……あんた、化かし合いには向いてないな」
うっかり滑らせた口を押さえるも、時すでに遅し。
青年は呆れたような苦笑いを浮かべながら、顔を離すと頬杖をついた。
「聞いた話じゃ、嫁に来る娘は一年前に
「う……」
返す言葉もなく、目を逸らそうとした鞠子を青年の右手が捕まえる。
大きくて筋張った指がおとがいを掴み、強引に向きを変えられた鞠子は、初めて相手の眼差しを正面から受けることになってその深さに息を呑んだ。
「あんた、さては神祇伯の娘じゃないな?」
静かな光をたたえる瞳に、愉悦の色はない。怒りも感じられない。いたぶるでもなく責めるでもなく、捕らえた獲物の反応を見極めようとするどこまでも冷静な狩人の眼だ。
「…………」
冷たい汗が流れる。
仰向けに倒れたまま、鞠子は頭の中でぐるぐると思考を回すことしかできなかった。
(どうしようどうしようどうしようどうしよう!!?)
なんの益体にもならない堂々巡り。いっそ真っ白になってくれた方が新しい考えが浮かびそうなくらいで、まったく使い物にならない。
しかし、致し方のないことだろう。
もともと鞠子には荷が重い話だったのだ。どんな状況になったとして、彼女には相手をごまかし続けるなんてできなかった。性質からして、機転が利くわけでも口が回るわけでもないし、そもそもを言えば……
(人妻に代わりをやらせようなんて、無理に決まってたんです!)
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