第45話 あらがへる風にもまけず②

昨日、コロを迎えに行李家に行って、あの試合のあと初めてチカと話をした。


「おはよ、くるみ」


チカが、いつも通り、玄関から顔を出してきた。


「おはよう。チカ」


リードを受け取ると、コロが元気に飛び出してくる。

川沿いの道を歩く。

プラタナスの葉はすっかり落ちて、地面にはかさかさと音を立てる枯れ葉のじゅうたんが広がっていた。

いつも通りの風景なのに、なんとなく、言葉が見つからなくて、しばらく沈黙が続く。


「……寒くなったな」


チカが、ぽつりとつぶやいた。


「うん。もうすっかり冬だね」


それっきり、また沈黙。

河川敷まで来たとき、チカがふと足を止めて、空を見上げた。


「――全国、負けたな」


静かな声だった。

いつもの明るさはないけど、取り繕うような強がりもなかった。


「……うん」


返事をしながら、コロのリードを引いてチカと同じペースでゆっくりと歩く。


「最後、悔しいって気持ちとさ、なんか、もうちょっと出てたかったって思った」

「うん……」

「全然足りてなかった。結局、点差もどんどん開いたしさ。力の差、感じたよ。全然まだまだだった」


下を向いて、チカの言葉を噛みしめるように聞く。


「でもさ、不思議なんだよね。悔しかったけど、負けたけど、すっげー楽しかった」

「うん……私も、見ててそう思った。いい試合だったもん」


あの時のチカの姿を思い出す。


「めちゃくちゃカッコよかったよ」


その言葉に、チカがこちらを見る。

振り仰ぐと、目が合って、少しだけ照れたように眉をひそめられた。


「お前、ほんと、そういうとこ……はぁ」


そう言いながら、小さく笑ってチカはまた前を向いて歩き出す。


「春まで時間あるし。また、全国行きたいって思う。

あの時、ベンチから見ててさ――思ったんだよ。

“またここに戻ってきたい”って」


「……うん。また、あの会場で試合見たい。楽しみにしてるから」


そう笑って言うと、一瞬、チカの歩く足が止まる。

何かを言いたそうにして、でも、言葉を飲み込んだあと、「おう」って、小さくうなずいた。


(がんばれ、チカ)

心の中で、もう一度そっと願った。


◇◇◇


目の前の半紙に『気炎』の文字が静かにたたずむ。

次への闘志を燃やすチカの心情を思ってしたためた。


きっとチカなら次も全国へ行けるだろう。

そして、次はもっと先へ行くはずだ。


「ほー。高梨さん、闘志に満ち溢れてますね」


いつの間にか宗谷先生に覗き込まれていた。


「次は何のコンテストに出品しましょうか。文化院のやつ?それとも書道協会のやつ?」

「え? いや、そんなつもりではないんですけど…」


宗谷先生はゴソゴソと持っていた資料の中からカラーの一枚を引っ張り出した。


「これ。ちょっと変わり種なんだけど。高校生の作る芸術作品集っていう企画」


それは、高校生だけが応募できる、絵、写真、動画、書の作品集企画だった。

「特に条件は無いの。芸術作品であればOK。僕の大学時代の友達が出版社の企画で立ち上げたんだけど、業界の青田買いの指標になってる。高梨さん向いてると思うんだよね」


いつの間にか横から甲斐さんや志乃ちゃん、伊登ちゃんも覗き込んでいる。


「わ! すごい。優秀作賞金100万だって」

「これ取ったらくるみちゃん、賞金王?」


伊登ちゃんは、相変わらずワケのわからないことを言っているが、確かに高校生のコンテストとしてはすごい額だ。

でも、いろいろなジャンルのごちゃまぜの中で、書を武器に戦うのは面白いかも、と思った。


この間のチカの闘志を見て、自分も何かで戦いたいという気持ちになっている。

――ふ、チカに触発されてるなぁ


一緒にバスケットコートに立つことはできないが、同じように戦うことはできるかも。


「宗谷先生。これ、面白そうですね。やれるかどうか、題材を考えてみます」


宗谷先生はすごく嬉しそうに、「高梨さんならそう言ってくれるかなって思ってた」と言い、周りのみんなも「くるみちゃん。100万獲ったら一緒に美味しい物食べに行こうね!」とはしゃいだ。


色の無い書道で、どうやってそれ以外のアートと並ぶか。

考え始めたら、なんだかふつふつと体の奥から湧いてくるものがあった。

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