第40話 青空と一つ色なり汗拭ひ②

文化祭のパフォーマンスは、なんとか振り付けも間に合って、まずまずの成功だった。


「来年も頑張ろうね!」


2年の甲斐さんは、嬉しそうにそう言ってくれたけど、また振り付けを覚えるのかと思うと、ちょっとだけ胃がキュッとした。


パフォーマンスが終わった後、1年生の書道部4人で校内をぐるぐる回った。

フードトラックや出店があって、お祭りみたいな空気が流れている。


クラス展示の当番時間になって、皆と別れて教室に戻ると、なぜかチカがいた。


「あれ? 当番?」


「永橋が、変わってくれって言うから」


2クラスの共同展示の当番のペアは、たしか隣のクラスの名前しか知らない人だった。

良く知らない人と1時間一緒に過ごすと思っていたので、ちょっとホッとする。

しかもチカと一緒だなんて、ありがたい話だ。


「くるみ、どっか回った?」


「さっきまで友達とクルクルポテト食べてた。チカは?」


「タクたちと焼きそばとたこ焼きとかき氷食って、その後は2年の先輩のお化け屋敷に行った」


「食べすぎでしょ。なんか、中学と違って、お祭りっぽくて楽しいよね」


私が笑いかけると、チカは、ふと窓の方を向いたまま呟いた。


「……くるみ、文化祭、彼氏と回らないの?」


(……は?)

なに言ってるの、この人、って一瞬本気で思ったけど、すぐに思い出した。

――あの噂か!


「彼氏とか、いないし。マジで」


「でも、3年の先輩と中庭で手、握ってたって」


ふぅ、と深いため息が漏れた。


「そもそも、こんな陰キャ女子と付き合いたいなんて思う人、いないって」


私がそう言うと、チカはちょっと変な顔をした。でも、すぐに笑って「そうか、そうだよな」と言った。


(”そうだよな”ってそれも失礼な…)


教室内の理科研究の展示物は、ポコポコとエアーの入った水槽や説明のボードが並んでいる。

目の前の水槽に入っている奇妙な白い物体に目がいく。


「すっごく平べったいカエルだね」


近寄って見ていると、チカも寄ってきた。


「アフリカツメガエルのアルビノ、だって」


ボードの解説を読みながら、2人で「ピパ科って何?」「ピパって生き物がいるんじゃない?」と肩を寄せ合って携帯で調べたりした。


そうこうしているうちに、「おーい、チカー! もう終わりだろ? テル先輩のメイドカフェ行こうぜ!」とタクが教室に入って来た。

後ろにはバスケ部の男の子と、佐奈ちゃんの姿も。


「いや、まだ、次の人来ないし、先行ってていいよ」


佐奈ちゃんがチラッと私を見る。無言のアイコンタクト。――はいはい、佐奈ちゃん。


「チカ、大丈夫だよ。私、次の人来るまでいるから、行ってきなよ」


チカが少し戸惑ったように私を見て、「じゃあ、くるみも一緒に行こうぜ」と誘ってくれた。


遠慮しようとしたところで、次の当番の子が「ごめーん、遅くなったー!」とちょうど入ってきた。


優しいチカの気遣いには感謝するけど、人見知りの私には、このバスケ部の集団で一緒に過ごす勇気は、さすがに持ち合わせない。


「志乃ちゃんたちと、今から合流するから。ありがとうね」

そう言って、笑っておいた。


教室を出て、それぞれが別の方向に歩き出す。

ふと振り返ると、タクに肩を組まれ歩いていくチカの姿が見えた。


そのタイミングで、チカがくるっと振り返って、目が合った。


ドキッとした。笑って手を振る。

チカも笑って手を上げようとしたけど、その手は佐奈ちゃんがしっかり握っていた。

(……彼女と回りたかったのは、チカの方だったんじゃん?)


胸の奥が、じくじくと痛む。

前を向いて、私は、志乃ちゃんたちが待つ場所へと歩き出した。

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