第3話 乙女の心はのどけからまし②

体育館の外、夕暮れに近い空を見上げながら、ポニーテールを結び直した。部活終わりは、ほっとするのに、どこか物足りない。そんな時間だ。


「お疲れー、佐奈」

「おつかれ、タクくん」


通りすがりの部員に軽く手を振りながら、練習に使ったビブスを集める。他のマネージャーと手分けして洗濯するために袋を分ける。


ほのかに残る汗と、床のキュッという音。体育館から部室に向かう部員たちの中に目当ての背中を見つける。


「チカー、ちょっと待って!」

「なに、佐奈?」


一緒に出ていこうとした他の部員が、意味ありげにチカの肩を叩く。


「あのさ、新しいユニフォームの受け取りに今からスポーツマートに行くんだけど、一緒に行ってくれない?百合ちゃんも安納先輩も、この後、塾があって行けないって言うから」


「そういうのって吉田ちゃんが行くもんじゃないの?車で」


「いつもは先生が行ってくれるんだけど、受け取った後、今週末の試合に合わせて一回洗濯に回したいんだよね」


「え、一人で全部洗濯すんの?部員に持って帰らせて家でやらせりゃいいじゃん。大変過ぎんだろ、それ」


「ユニフォーム、持って帰ってもらうと、試合に持ってくるの忘れる人いるじゃん。だから…」


「あー、タクみたいな奴がね」


同じ1年でチカと同じレギュラーに入る予定の大槻琢磨ことタクは、この間の試合にゲームパンツを忘れて大目玉をくらった。


「……おっけ、わかった。じゃ、着替え終わったら一緒に行こうか」


「ありがとー。さすがチカ!助かる」


「後でなー」と言ってチカが出ていく。その後姿を見ながら心は穏やかではなかった。


さっき――

チカが中庭で、隣のクラスの女子と話してるのを見た。

何を話していたかまではわからなかったけど、戻ってくるときのあんな顔、初めて見た。


なんなの?あれ。ニヤニヤしちゃって。


チカは、私と自分が噂になってることをどう思ってるんだろう。鈍いわけじゃないから、きっと気づいてる。


私は確信犯なんだけど。


入学して同じクラスになった時から、ずっと気にしてる。バスケ部のマネージャーだってチカが入るって聞いたからだ。


正直、自分が男の子に人気があるのはわかってる。それなりの容姿で、女子にも嫌われない程度の愛嬌をふりまける。彼女にしておいて損は無いと思うのに……


チカのことは、最初は、クラスで一番いけてそうな男子だったから、彼氏にしてもいいかなくらいの気持ちだった。


でも、バスケしてる時の真剣な顔とか、仲間に囲まれてる時の笑顔とか、優しい気の使い方とか、そういうの見てるうちにいつの間にか真剣に好きになってた。


気づいてるなら、そのうち何か言ってくるかなって思ってたのに。


何なの?どうしてあの子の前で、あんな顔してるの?むかつく。


もう、いい子のふりで、待ってたらダメだ。このまま譲るのは、いや。だって、ほんとに、好きなんだから。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る