第4話 俺は女じゃない
及川明人は中性的な顔立ちで、物静かな性格。非常にやせていて力もない上 運動オンチ。これがマンガならネコ型ロボットに毎話助けてもらう役回りだ。
それなのに、世間一般で『女っぽい』とされる振る舞いを強いられることを非常に嫌った。
幼稚園のおゆうぎ会では、お坊さんの役で使用した
七五三では、袴の衣装に加え、筆で眉を描かれた時、化粧をされたと号泣し、記念撮影の進行にまで影響を及ぼした。
今回の一連のからかい騒動で、まだ見ぬツミクアキという女優に似ていると言われることに対し、過敏なほどに反応してしまうのは、そういう理由があったからだ。
日に日に増していくからかいは、当初の怒りの感情を通り越し、疲労だけを蓄積していった。
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「今日は、知らない三人に笑われた」
明人は、帰宅するなり自分のベッドに体を投げ出して倒れ込んだ。
明人が物心ついた時から使っている2階にあるダークブラウンの壁板の部屋は、幼少期の時は大量のおもちゃが床に敷き詰められ、小学四年生からはまだ一般的に広まっていないビジネス向けのブラウン管のパソコンで遊ぶようになった。今はそれが部屋の片隅で布を被され眠っている。
近くの個人商店が閉店の際に譲ってもらった商品陳列棚を本棚として使い、どこからきたのか古い事務机が今の明人の相棒だ。
「増本……。本当に、大変なことになってきたよ……」
増本ヒトミ。
中学3年生の時、同じクラスだった女子だ。
明人に初めて、そして中学時代で唯一、「ツミクアキに似ている」と言った人物だ。
当時、顔を赤らめておどおどした口調で、しつこいくらいに頻繁に増本ヒトミだけがそう言ってきた。当時の明人は、そのことを”もしかしたら好意の裏返しなのかも”と都合よく解釈し、深く気に留めないようにしていた。
実際のところ、ヒトミが明人に好意があったかどうかは定かでないまま二人は卒業式を迎えた。
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今となっては、彼女の言葉が正しかったと痛感する。
しかし、わかったところで どうすることもできない。
高校に入って入学式の次の日から想像以上に多くの女子たちが、自分のことを好奇の目で注目している。いや、こんなことになるとは想像さえもしていなかった、するはずもない。
その視線に恋愛的感情が含まれているのかどうかは置いておいて、とにかく注目されているのは事実だ。
”少なくとも『男』としてカッコ悪い姿は見せたくない”
そう思った明人は、クラスメートに教えてもらった流行りのヘアムースなどの男性化粧品をバスの通学コースの乗り換え場所でもあるダイエーで一通り買いそろえた。
机に置いた手鏡を眺めては人工的な香りに悩みながら、はじめての身だしなみに試行錯誤した。
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それともう一つ気になっていることがあった。周囲から『オカマ※』と思われていないかということだ。
女性に外見が似ているというだけで、内面もそのように噂されるのも心外だ。
しかし、こういう話が好きなのが女子だ。もうすでにそういう目で見られているのかもしれない。
※『オカマ』:当時、男性の同性愛者に対して使われていた差別用語。日常的にも、お笑い番組などでも使われていた。他には『ホモ』があるが、同性愛者に対して理解がない時代でもあり、厳密な使い分けがあったわけではない。イメージ的には女性的なしぐさや言動の男性に使われていた。
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【第4話補足】
・おもちゃ;もっぱらポニー(現:バンダイ)の超合金ではあるが、買ってもらったもの・譲ってもらったもの・ゴミ捨て場で拾ってきたものと出生は様々。
周囲の親せきから流れてきた明人が生まれる前の子ども向けアニメ雑誌もあり、そこからテレビからだけでは得ることができない情報を吸収し、同年代以上の知識を持っていた。
・パソコン:NEC PC-8001mkⅡ・ブラウン管モニター・5インチフロッピーディスク・カセットレコーダー。
明人が新聞広告のホビーパソコンを興味を持ったことを知った父親が、その日のうちにNECの問屋から間違って買ってきた当時子どもが使うには高額なビジネス向けパソコン。
市販されているゲームが少ないため専門誌のBASIC(プログラム)を自力で入力して遊ぶしかなく、結果的には技術と知識が向上した。
プログラム集の『はるみの・・・』(高橋はるみ著:ナツメ社)のシリーズを買い揃えていた。
小学生時はパソコンとマイコンという言葉が混在していた。
高校生くらいまではNECと富士通が二大巨頭。OSは各社バラバラで互換性がなく、数年おきのモデルチェンジでの性能アップは顕著だった。
明人のものは色が8色しか出せなかったが、明人の同級生がそれから5年ほど後に購入したモデルは16万色出た。
Windowsの前身となる共通OS『DOS/V』は1988年の段階ではまだ誕生していない。
・ダイエー新地店(現:イオン長崎店):及川家で『超』ご愛顧のスーパー。明人が物心ついたころから利用しているスーパーで、『街に行く』=『ダイエーに買い物に行く』と同義語だった。5階のおもちゃ売り場に明人を置いて母親は買い物に回っていた。
高校に入ったころには、第2次ベビーブーム世代の成長に合わせておもちゃ売り場は縮小されてた。
明人が使っている文房具のほとんどが安価なダイエーのプライベートブランドで揃えている。
・男性化粧品:当時の高校生の整髪料はムースとジェル。値段は1000円くらいからで、最高峰は資生堂の『メンズムース』(1500円)。しかし、当時、無香料のものはなく、何らかの柑橘系の香りがあり悩みの種だった。1989年にマンダムから無香料のムース『ルシード』が発売され明人はすぐに切り替えた。
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