転生したので明日から本気出す~だから今日は休ませて~

雪風

第1話 転生、ただし出社拒否

目が覚めたら、土の匂いがした。湿った草に頬をつけたまま、深く息を吸う。ああ、会社行かなくていいんだ。まずそれが一番に浮かんだ感想だった。


天に伸びる木々の間から、朝の光が覗いている。鳥の声、虫のざわめき、そして遠くで誰かが何かを叫んでいる……気がするが、どうでもよかった。


「はぁ。死んだんだっけ、俺」


言葉にして、少し笑った。


何の因果か、俺はトラックに轢かれて死んだ——らしい。記憶は曖昧だ。スマホの画面を見ていた。会社のSlackの通知を無視しようとして、ふと見上げたらライトが見えた。それだけ。


そして今、俺はここにいる。ファンタジー臭のする森の中に。


冒険? モンスター? 魔法?


正直どうでもよかった。


「今日は……無理だな」


重たい体を起こす気にもならない。空は青いし、風は心地いい。でも、心の中にはあの日から引きずっている泥のような疲労が残っている。


新しい人生? 本気出す? いつから?

明日でいいじゃん。


「明日、本気出す」


そうつぶやいて、俺はもう一度地面に寝転んだ。


——そんな俺を見下ろす、誰かの気配に気づいたのは、それから数分後だった。


「……おい。お前、何やってんだ?」


声は低く、どこか苛立っていた。


見上げると、剣を腰に差した少女がいた。まだ十代か、それとももっと幼いのか。汚れた服、鋭い目、そして何よりその表情に、俺はぎょっとした。


人殺しの目だ。


「転生者か。……使えなそうだな」


そう吐き捨てて、彼女は背を向けた。


「……いや、ちょっと待って。初対面の人間にそれは——」


「どうせお前も、“俺は特別なはずだ”って思ってるんだろ?」


痛いところを突かれて、黙るしかなかった。


「だったら勝手に夢でも見てろよ。こっちは、生きるのに精一杯なんだ」


その言葉とともに、少女は森の奥へと消えていった。


俺は立ち上がらなかった。立ち上がれなかった。


「……明日、本気出すから」


それが、自分にも誰にも届かない言い訳だと、自分でも気づいていた。

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