第53話「非才無能、理解しない」


 ハーゲンティには、過去の記憶はほとんどない。

 錬金魔剣ハーゲンティに触れて契約すると同時に、人間を辞め、人の心を失った。

 ゆえに、彼が記憶を失ったのは魔剣によるもの、ではない。

 彼が過去の記憶をほとんど覚えていないのは……周囲に対する関心が希薄だったからだ。



「美しい……」



 もっと言えば、彼は、人の外見以外に一切の興味がない人間だった。

 美しい人間を側に置きたがり、逆に醜い人間は遠ざけ、傷つけ、踏みつけてきた。

 それは、彼自身の容姿が決して整っていなかったことと、無関係ではなかったのだろう。



「けれど、どうしてなのだろう」



 人は醜い。

 いや、美しい人間もいる。

 しかし、美しい人間であっても――いずれは醜く変わっていく。

 老いが、病が、怪我が、あるいは寿命が。

 彼が好む、容姿の美しい人間から輝きを、きらめきを奪い去っていく。

 劣化していく。

 彼自身もまた、そうであるように。

 彼は、それが許せなくて。

 だから、錬金魔人ハーゲンティになった時。

 彼が真っ先にしたことは、周囲にいた愛人を全て黄金に変えることだった。



「美しい……」



 黄金は不変の輝きと価値を持つ。

 ましてや、彼の権能で作り出し、支配下にある黄金像は通常の物理攻撃では壊せない。 

 魔人になって百年以上たってもなお、彼の手元にある黄金像は一つとして壊れず、欠けず、輝きを失わない。

 とあるダンジョンに引きこもり、コレクションを並べ、ただそれを並べて眺める。

 そんな日常を過ごしていたが、すぐに満足できなくなった。



「もっと、もっとだ、この美しい輝きを、もっと」



 ハーゲンティは、醜いものを許さない。

 自分の知らないところであろうと、美しいものが醜く変わっていくことを許せない。

 それが、どれだけ独りよがりのおぞましき妄執であるかも、理解せず。

 権能を磨く中で、彼自身のみならず、作り出した錬金生物にも他者を『黄金化』させることが出来るようになった。



「小型化したほうがいいですね。権能粒子を流し込むのに向いた形態……蠍とかがいいですかな?」



彼は、自身で作り出した錬金生物を介して、多くの美男美女を黄金像に変えてきた。

彼は知らない。

 彼の権能と行動による被害者が、『黄金病』という不治の病として定義されていることなど。

 『黄金病』にかかった者達を治そうと、患者の家族や関係者が必死になって手段を模索していることを。

 彼の行動は、あり方は、独りよがりの狂人のそれでしかないということを。

 彼には、最後まで理解できなかった。



「変わらないことが、美しい。それだけが、この世界の真実なのですよ。そう、思いませんか?」

「ああ、そうだな。そうかもな」



 黄金色の人馬の妄言を、モミトは聞いていない。

 聞いてはいるが、頭には入っていない。

 奇しくも、二人の在り方は少しだけ似通っている。

 変わらないことを、自らの生き方と定義して貫く。

 それはモミトも、ハーゲンティも変わらない。

 違ったのは、互いの立場だけ。

 黄金の魔人は、すべてを権能で塗りつぶすことで、彼にとっての理不尽な世界を変えようとした。

 非才の少年は、立ちはだかる障害すべてを斬り捨て、自分の周りにある小さな世界を、守ろうとした。

 ゆえに、ぶつかる。

 彼らと、狂人の戦いが。

 

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