第38話「そのころ、聖女の英雄は⑥」
その日、ライラックは決して不調ではなかった。
絶好調というほどではない。
だが、戦闘に支障が出るようなものではない。
ゆえに、索敵も問題なくこなし、『聖女の英雄』は三十階層のボスエリアへと到達する。
「来ましたね」
いつからそこにいたのか。
漆黒の影で作られた二足歩行の怪物がライラックたちの前にいた。
「シャドウブレード!」
影の刃で全身を構成している異形。
精霊というのは、魔力で全身を構成する生命であり――その在り様は人間とまるで違う。
高い知性を持っているが、価値観が根本的に違うため人間とは相いれない存在とされている。
シャドウブレードは戦闘を価値観の根底に据えた怪物だ。
ひたすら敵を殺すことに特化した形と能力を備えている。
《影間移動》。
影から影へとワープするスキル。
一瞬で相手の不意を突いて距離を詰めたり、逆に相手の攻撃を避けることもできる規格外のスキルだが。
「《ヒートランス》」
「《セイクリッド・エッジ》」
「ぎっ!」
あらかじめ詠唱を終えていたフレアが、火属性の上級魔術を彼女自身の影に向かって撃ち放つ。
セイラも同様に、聖属性の魔術を彼女自身の影に撃った。
シャドウブレードの行動は分析が進んでいる。
後衛の影に移動し、そこから後衛を攻撃してパーティの崩壊を狙うというのは初手に絶対取ってくる。
初見ならまず対処できないが、わかっていればこうしてカウンターを当てることが出来る。
フレアの影にワープしたシャドウブレードはもろに炎越の槍を食らい、苦悶の声を上げる。
「よくやったあ!」
ライラックは《身体強化》と電撃で肉体を活性化させるスキルを発動してフレアのところまで駆けつける。
そして、まだダメージゆえに動きが鈍い闇の精霊に対して。
「《雷槍》」
それは彼が編み出した固有魔術。
射程をゼロにする代わり、上級魔術並みの威力を誇りながらノータイムかつ中級魔術程度の魔力消費で発動できる、彼の切り札。
「オラオラおらオラオラオラオラあっ!」
その《雷槍》を間髪入れずに次々と発動させ、叩きこむ。
上級魔術相当の攻撃を幾度となく叩き込まれては、シャドウブレードとて耐えられない。
「SHAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA」
クールタイムの開けた《影間移動》で、シャドウブレ―ドは離脱するが……。
「それも読めてんだよお!」
「《ブラストキャノン》」
「《セイクリッド・レイ》」
セイラとフレアの遠距離攻撃魔法が命中する。
「SHAAAAAAAAA」
「さて、これで終わりだな。ガードナーも……」
「…………」
「おいガードナー、無視してんじゃねえ、ぞ?」
全身鎧の大男であるガードナー。
それが、血を噴き出して崩れ落ちる。
まるで、全身を刃物で突き刺されたかのように。
そして。
「SHAAAAAAAAAAAAAAAAAAA」
闇色の刃で作られた怪物。
シャドウブレードが、ガードナーがいたところに立ち尽くしていた。
「な、何で?」
さっきシャドウブレ―ドは倒したはずだ。
三人の魔術攻撃で消し飛ばして、ドロップアイテムだって落ちている。
殺しきれなかったとか、そんなことはない。
であれば、可能性があるとすればそれは。
「二体出現したのか?」
まれに、ボスが複数体出現することがあると聞いたことがある。
以前モミトが文献を読んでいて、うんちくを聞かせてきた。
その時は、確かうっとうしかったので電撃で黙らせた覚えがあるが……。
モミトはこの現象を何と呼んでいたっけか。
「ど、どうするの?」
「あ、あの、ガードナーさん、回復を……」
二人とも完全におびえて戦意を喪失している。
「お前ら……」
ライラックが呆れていると。
「な、直さないと。《ハイヒール》」
「馬鹿っ、魔法使ってる場合じゃ……」
複数の魔法を同時に発動することはできない。
ゆえに、回復魔法を使っている間セイラは無防備になり。
そこを逃すような相手ではなかった。
「あっ、ごぶっ!」
「セイラっ!」
「《雷槍》」
セイラもまた、刃に倒れる。
そこに、ライラックは最大威力の魔術を叩き込む。
関係ない。
相手が二体であろうと、叩き潰すと覚悟を決めて。
「あー」
何も纏っていない拳が、シャドウブレードに触れた。
(なんだこれは、魔術のキャンセル?違う、これは、魔力切れ?)
そもそも当然の話だった。
ライラックは、シャドウブレードを殺すつもりで、作戦を立てた。
彼自身がメインアタッカとなる前提であり、最も魔力を多く消費したのは彼だ。
一体目のシャドウブレードを倒すため、彼は全力で魔法を打ち込んだ。
であれば、二体目を言想定などしていないし、余力だって残っていない。
仕方のないことだったのだ。
「ぐおおおおおおおおおおおおおお!」
痛い、痛い、痛い。
切られた激痛が脳みそを犯す。
それ以外に考えられなくなる。
ライラックは天才であり、傷を負うことなどめったになかった。
だからこそ、痛みにはさほど強くない。
「逃げるぞ!」
だから、ライラックは逃げた。
勝てない相手からは逃げるに限る。
それは、ライラックがこれまで冒険者として培ってきたノウハウだ。
別に問題ない。
一体を倒せることはわかっているのだから、今日逃げて、また次回挑戦すればいい。
そう考えていたのに。
「あ?」
転移してきたシャドウブレードと目が合った。
(こいつ、逃げようとした俺を逃がすまいとして……)
ライラックの胸に、刃を突き刺した。
「い、ぎゃああああああああああああああああああああああああ!」
(く、苦しい、息ができない)
肺に穴が空いたことで、満足に呼吸ができなくなり声も出せなくなった。
これではもう戦うどころではない。
腕も使えない。
何の因果だろうか、自分が傷つけたモミトと同じ状態になっていることに、ライラックは気づいていない。
「死にたくない。俺にはまだやることがあるんだ。あいつを救って、俺が、あいつと」
「UOOOO」
「別のモンスター?」
ゴーレムがゆっくりと現れる。
「SHAAAAAAAAAAAAAAA!」
どういうわけか、シャドウブレードはゴーレムを明確に警戒していた。
ダンジョン内部のモンスターは、協力せずとも敵対することはあり得ないはずなのに。
(クソっ、クソッ、クソオ!)
ライラックは屈辱と敗北感でうめきながら三十階層を後にした。
『聖女の英雄』にとって、最大の敗北だった。
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