第13話「非才無能、決闘を開始する」

 冒険者ギルドには石づくりのコロッセオがある。

 客席があり、その真下には皿のような闘技場がある。

 主な用途は、冒険者の訓練だ。

 わかりやすい例で言えば、新しく得たスキルを試すことが出来る。

 新しいスキルを習得した後に、冒険者はここで仲間とともに実験するのだ。

 俺も散々ライラックに的にされた覚えがある。



「モミト様?」



 トラウマを思い出し、足が震える。



「なんでもないよ」



 笑顔を作って、マリィに応える。

 彼女は鋭い。

 俺の異変を察していることだろう。

 ライラックのことや〈聖女の英雄〉については話していない。

 話すタイミングがなかったというのもあるが、一番は話したくなかったからだ。

 思い返すことすら恐ろしい。



「そういやあ、お前さっきそこの女に助けてもらったって言ってたよな?」

「言ったね」



 それがどうかしたのだろうか。



「なら、ちょうどいい。二対一でかかって来いよ。まとめて俺がぶっ飛ばしてやる」

「…………」

「その代わり、俺が勝ったらてめえは土下座して、ゴーレムを倒したっていう嘘を撤回しろ」

「じゃあ俺が勝ったら、二度と俺に関わるな」



 こいつは邪魔だ。

 Aランクパーティリーダーであるこの男が俺の悪い噂を流し続ければ――最終的に俺の方が悪者になりかねない。



「いいぜ、どうせ俺が勝つ。これまでと同じだ」



 にやにやと笑う彼の姿におぞけが走る。

 マリィの姿が銀の粒子に変わり、俺の右手に集まり――剣の形をとる。

 魔剣アンドロマリウスを、俺は構える。



「なんだそりゃ?」



 ライラックは首をかしげるも。



「別にいいだろ、やるのかやらないのかどっちだ」

「まあ確かになあ、俺が勝つもんな」



 ライラックの表情は、余裕のままだ。

 きっといつものように、どうやっていたぶるかを考えているのだろう。



「双方、準備はいいかーい?」

「問題ない」

「何でもねえよクソが」



 審判を買って出てくれた猫耳の冒険者に声をかけられて、俺とライラックは構える。

 ライラックと戦ったことはない。



『質問。ご主人様、大丈夫ですか?』

「正直、怖いかな」



 これまでは戦いにすらならなかった。

 一方的に殴られ、蹴られ、雷撃を浴びせられる。

 文字通りサンドバッグでしかなかった。

 その記憶が、心を、身体を縛っている。

 足が、手が、身体が、心が、震えて仕方がない。

 顔が青ざめているのが、自分でもよくわかる。



『勝機。この勝負、ご主人様が勝っている部分があります』

「勝ってる部分?」



 オウム返しに俺は問いかける。



『頭数。向こうは一人ですが、こちらは二人です』

「…………」

『ご主人様?』

「ぶふっ」

『ご主人様⁉』

「くっ、はははははは!」



 面白くって、ついつい笑ってしまった。

 なるほど、確かに圧倒的だ。

 何しろ、俺にだけ心強い相方がいるのだ。

 負ける要素はない。



「じゃあ、ルールとしては気絶、戦闘不能とアタシが判断した場合、降参のいずれかをもって勝敗とするよ。殺害したら負けだから、気をつけてね。これでいいかい?」

「いいよ」

「構わねえ」

「《サンダー・スピア》!」



 ライラックは左手の人差し指を伸ばして詠唱。

 雷閃が俺に向かって飛翔する。

 これまでの俺であれば、防ぐことも躱すこともできない一撃。

 俺を殺さないように加減しているであろうそれは、しかして肉を焼き、貫く程度の威力はある。


『《断》』



 その雷撃は、俺の肉体まで届かなかった。



「あ?」



 勝利を確信していたライラックの顔が、驚きで歪む。



「な、なんで、何をした?スクロールでも使ったか?」



 俺は、特別なことは何もしていない。

 ただ、正眼に構えた剣を少しずらして、雷閃に当てただけ。



『両断。雷撃をこの刃で断ち切った。ただそれだけのことです』

「ありがと、マリィ」

『受領。受け取りました、もっと言ってくださってもいいんですよ』

「うん、終わったらたくさん言わせてもらうね」



 マリィ――魔剣アンドロマリウスの特性は万象両断。

 刃に触れれば、雷撃のような実体のない攻撃であろうと斬ることが出来る。



「一つ、言っておくぞ」



 俺は剣を構えたまま宣言する。



「もう、弱いままのゴミトじゃない。俺は、モミト・イクスキューション。Sランクモンスターを倒した魔剣使いで、ルーチェを救い出す冒険者だ!」



 決意を、信念を、言葉にして。

 俺はライラックに向かって駆け出した。

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