告白
家の近くに空き地がある。もともと大きな家が建っていたのだが、最近取り壊されて、今はぽっかりと空白になっている。
フチュは、そこにUFOを量子テレポートで呼び出したという。
「何もないけど?」
空き地を見て、千歳は言う。
「ステルスモードにしてある。見えないけどしっかり存在しているから、頭ぶつけないよう気をつけろよ。私の後ろについてこ……いってぇ!」
フチュが何かに頭をぶつけた。
どうやら本当に、目の前に透明なUFOがあるようだ。
フチュの背中を、千歳はゆっくり追う。
「わあ……」
千歳は感嘆の声を漏らした。
内側に入ると、しっかりと内装を目視できた。壁は滑らかで、金属とガラスの中間のような質感があり、不思議な光を放っている。壁の一部は透明になっており、外を360度見渡せるようになっている。空間の中央にはホログラフィック・ディスプレイがあり、解読不能なシンボルが表示されている。
「ヘイUFO。音楽かけて」
『かしこまりました。フチュ・ウジンお気に入りリストを再生します』
バーチャルアシスタント的な何かは、フチュの声にそう応え、UFOに音楽が流れ始めた。懐かしいアニソンだ。
千歳は、にわかに既視感を覚えた。はっとするような、強烈な既視感だ。
「……僕、ここに来たの初めてじゃない」
「気がついたか」
以前に歩が話したように、千歳は幼いころ、UFOに乗った記憶がある。大人たちは千歳の言葉を信じず、夢でも見たのだろうと笑った。千歳自身も時間が経つにつれて、そう思うようになっていた。
でも、夢なんかじゃなかった。
「千歳、お前は小四のとき迷子になった。私はお前に声をかけて、UFOに乗せて自宅に送り届けた」
「僕はフチュと、小四のときに出会っていたんだね」
「いや、実を言うと、もっと前に出会っている。お前が生まれて間もないころだ。私はお前の父親との約束を果たすために、あいつの死後、お前を代わりに見守っていた」
「父さんと面識があるの?」
千歳は驚いて言った。
「その話は、また今度ゆっくりしてやる。今は他にやるべきことがある。そうだろう?」
フチュは、ゆで卵の側面をくり抜いたような形の座席に腰を下ろす。
「悪いな千歳、このUFO、ひとりがけなんだ。ちょっと酔うかもしれないが、我慢してくれ……。フチュ・ウジン、UFO、行きます!」
途端、落下系の絶叫マシンのような浮遊感を、千歳は覚えた。でも一瞬だけだった。すぐに地上と同じ感覚が戻ってきた。
離陸に失敗したのかと外を覗いてみると、眼下にはすっかり小さくなった街並みの夜景が広がっていた。
「飛んでる!」
千歳は無邪気に叫んだ。
「そりゃあUFOだからな」
フチュの無情なツッコみが飛んでくる。
飛行機とは比べ物にならない速度で、街並みは移ろっていく。あっという間に海が見えてきた。
「そろそろ着くぞ」
発進から一分も経たず、フチュは言った。
UFOは減速し、やがて空で静止した。
フチュがホログラフィック・ディスプレイに地上の映像を映し出す。そこには、砂浜をひとりで散歩する慎一郎の姿があった。
「こんな時間に散歩とは」
フチュは苦笑する。
「良い子は寝る時間なのだがな。悪い子もだいたい寝ているだろう」
「昔からそうなんだ」
千歳は笑う。
「慎一郎、悩み事があると夜遅くに散歩するんだ」
「老人みたいだな」
フチュは手元のバーチャル・パネルを操作する。
「慎一郎の近くに、お前を下ろす」
「緊張してきた……」
「ブチかましてやれ!」
「う、うんっ! ……え」
途端、千歳はUFOの外に放り出された。何がどうなってそうなったのかは皆目見当がつかないが、とにかく空に放り出された。
しかし、千歳の体は重力に引っ張られる気配はなく、宙にふわふわと浮かんだままだ。
「エレクトリカルモード、始動!」
フチュの声が響いてきて、直後、UFOがカラフルに輝き始めた。
そして、聞き覚えのある、著作権的に危なそうなBGMが大音量で流れてくる。
てんてけてんてんてんてけてけてけてけてけてけてけてけてけてけてんてけ……。
観客を魅了するパレードのような優雅さで、千歳の体はゆっくりと地上へ降下していく。
下ろすって、そういう下ろし方!?
「想像と違う!」
この夜、パリピなUFOの目撃証言が多数出たが、それはまた別の話。
千歳がスニーカーのゴム底越しに砂浜の柔らかさを感じるのと、上空で輝くUFOがふっと消えるのは同時だった。
「うっぷ……」
UFO酔いで酸っぱいものがこみ上げてきて、千歳は砂浜に膝をつく。
「まさか、ち、千歳!?」
砂浜を散歩していた慎一郎が駆け寄ってきた。
「こんばんは……慎一郎」
「千歳、お前、空から降ってこなかったか……?」
「親方、空から男の子が……」
「大丈夫か?」
慎一郎はしゃがんで、千歳の背中を優しくさすってくれた。
やがて落ち着くと、二人は連れ添って砂浜を散歩した。
月明かりに照らされ、砂の一粒一粒がきらめいている。冷たい海風が顔を撫で、千歳は身を縮める。
ぽつ、ぽつ、と、お互いにけん制するような言葉を投げ合う。寄せては引くさざ波にかき消されてしまいそうな会話だった。
とても幼馴染同士とは思えないぎこちなさに、千歳はむしろくすぐったい気持ちになった。
「ねえ、慎一郎」
「うん?」
「ごめんね。この前、冷たくしちゃって……」
慎一郎が急に足を止めた。
千歳は数歩追い越してから、振り返った。
「謝るのは俺のほうだ。千歳に恥をかかせた。あんな言い方、するべきじゃなかった。本当にすまなかった。きっと俺は……」
どうしてか、慎一郎はその続きを喋らず、また歩き出した。
しばらく歩くと、千歳は宙にきらりと光るものを捉えた。
「あ、雪」
空を見上げると、月はすっかり分厚い雲に覆い隠され、そこからひらひらと雪が降ってきていた。
「ホワイトクリスマスかよ」
慎一郎は声を弾ませる。
「人生初だぜ、こんなの」
「すごい」
千歳も、舞い散る結晶のきらめきにしばし見惚れた。
「ところで、千歳は今夜どうするんだ? 泊まる場所は決まってるのか?」
「あ、いや、特には決めてなくて」
「なら、俺の泊ってる旅館に来ないか? もともとペア宿泊券なんだし、事情を話せば今からでも一緒に泊まれるはずだ」
千歳がまごついていると、「だいぶ体も冷えてきちまったし、体に雪が積もる前に行こうぜ」と慎一郎は踵を返す。
「待って」
千歳は彼を引き止めた。
「どうした?」
「今しか言えない気がする。だから今言わせてほしい」
千歳の決然とした声に何かを察したらしく、慎一郎は表情から笑みを消した。そして千歳を正面から見つめた。
「これを言ったら、きっと慎一郎は今度こそ僕を嫌いになってしまうと思う。でも、言わせてほしいんだ。言わないといけないんだ。決着をつけないといけないんだ」
「そうか」
慎一郎は短く、だけど覚悟を決めた、どこか諦観すら含んだ調子で応えた。
「言うよ」
「ああ」
「僕は、慎一郎のことが好きだ!」
千歳が叫ぶと、慎一郎は目を見開いて固まった。
千歳は心を奮い立たせ、たたみかける。
「友達としてじゃない。恋をしているという意味での好きだ。僕はずっとずっと慎一郎に恋をしていた。気持ち悪いよね? 分かってる。僕は男だ。慎一郎も男だ。変だよね? こんなこと言われても困るよね。分かってる、ぜんぶちゃんと分かってる! でもこの感情を押しとどめておくことはもうできそうにないんだ! もう限界なんだ! 好きで好きでたまらないんだ! 友達でいたいという気持ちを、恋人同士になりたいという気持ちが超えてしまっているんだ! これは僕なりのケジメでもある。だから、お願いだ、はっきりと突き放して! お前の恋人にはなれないって、そう言って! そうじゃないと、僕はこれ以上一歩も前に進めない! だから、だから……」
胸が詰まって、千歳の言葉が途切れる。あふれ出す涙を拭き、洟をすする。続きを紡ごうとするも、こみ上げる嗚咽に阻止される。
無様に「だから、だから……」と繰り返す。
「千歳」
慎一郎が一歩前に踏み出る。
直後、千歳は泣くのすら忘れてしまうほど驚愕した。
「え」
慎一郎が、千歳の体を正面から抱きしめていた。千歳は、慎一郎の胸に顔をうずめる形になる。
「千歳。お前さ、鈍すぎるんだよ……」
「え……?」
「なんだよ、俺はてっきり、真逆のことを言われるかと思ったよ」
「真逆のこと……?」
「千歳」
慎一郎の声はかすれていた。泣くのをぐっとこらえるときの声だ。
「千歳。お前、よくも今まで俺の心をいたぶってくれたな。俺はお前が他の男といちゃつくたびに、嫉妬で狂いそうだった。よくも苦しめたな」
え。
ええ?
「俺は、お前がかわいくて仕方なかった。抱きしめたかった。でもできなかった。俺は男で、お前も男だからだ。でも今だから言わせてもらう」
慎一郎は千歳からそっと体を離す。そして改めて両肩に手をかけて、まっすぐ目を見て言った。
「千歳のことが好きだ。ずっと好きだった。千歳、俺と付き合ってくれないか?」
え。
ええ?
ええええええええええええ!?
千歳は叫び出しそうになるのを、寸でのところでこらえた。
「つ、付き合うっていっても、もちろん、少しずつ、さ。千歳の嫌がることとかは、その、しないからさ」
慎一郎は顔を真っ赤にして、およそ彼に似つかわしくないオロオロぶりを露呈する。
その様子を見て、千歳の愕然とした表情は一瞬で満面の笑みに変わる。
「うん!」
千歳は慎一郎に飛びついた。
慎一郎は千歳の背中にそっと手を回し、優しく体を抱き寄せる。
幸福な温もりに、千歳は溶けていきそうだった。
「あ、猫」
ややあって、慎一郎が呟いた。
「猫?」
慎一郎から体を離し、千歳は後ろを振り返った。
海原を背景に、一匹の黒猫がちょこんと座って、こっちをガン見していた。
「フチュ」
つい言葉にしてしまい、慎一郎が「フチュ?」と首をかしげる。
「あ、いや、ほら、あの猫、なんとなく顔がフチュに似てない?」
「言われてみれば、確かに。うん? なんか、学校に出た猫に似てないか? てか、なんかニヤニヤしてないか、あの猫」
「うん。間違いなくニヤニヤしてる」
ありがとう、フチュ。
千歳は、黒猫に向かって微笑みかけた。
黒猫はやおら立ち上がると、堤防に向かって歩き去っていった。
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