13. 気候変動に具体的な対策を

 新型コロナが猛威を振るっていたころ、欧米の若者たちのあいだで日本アニメのブームが巻き起こった。

 ロックダウン中の暇つぶしに最適だったからだ。

 アキタ・トーンブリ時代のわたしも、ご多分に漏れずアニメにハマった若者のひとりだった。


 『鬼滅』『約ネバ』などの話題作から始まって、だんだん悪役令嬢ものと呼ばれるジャンルに惹かれるようになった。

 見るだけでは飽き足らず、Redditの悪役令嬢スレに入り浸るようになった。

 異世界アニメのほとんどが、投稿サイトに発表されたアマチュア小説を原作としていることを、そこで知った。


 だから卒業記念舞踏会と聞いた瞬間にピンときた。

 投稿サイトの悪役令嬢は死刑か国外追放と相場が決まっている。それを宣告されるのはたいてい舞踏会の最中だ。

 つまり、こいつらは晴れの舞台でわたしを断罪する気なのだ。

 そう考えると、生徒会のメンバーがことごとく汚染物質をモチーフにした名前をしているのも怪しい。

 わたしは何かの乙女ゲーム世界に転生したのではないか。舞踏会に参加させられるのは、物語の強制力なのではないか。


 闘志が湧き上がってきた。そっちがその気なら、こっちはあえて乗ったうえで切り抜けてみせよう。

 それが悪役令嬢オタクの意地というものだ。


「よろしくてよ。ビリティス公爵家の名にかけて、かならず舞踏会に出席することを約束するわ」

 芝居がかった調子でそういうと、拍子抜けするほどあっさりと解放された。

 宿に戻ってから、わたしは手紙を書いた。


『親愛なるマリエ・キンバラ嬢へ

 日本人のあなたなら、輪廻転生という概念をよくご存じだと思います。わたしがマリエのいた世界からの転生者だと言ったら、さぞ驚かれることでしょう。いままで黙ってましたが、じつは階段から転落したショックで前世の記憶を思い出したのです。

 わたしの前世はアキタ・トーンブリという環境活動家でした。ひょっとしたら、この名前をご存じかもしれませんね』


 という書き出しで、舞踏会に仕組まれているであろう断罪劇を乗り切るための、協力をお願いする内容である。

 第三者に読まれる可能性を考慮して、この世界でわたしとマリエしか読めない言語――英語で書いた。

 とはいえ、彼女がこの話をのむかどうかは五分五分だろう。


       〇


 そして卒業記念舞踏会の当日、わたしは新たに雇った箱馬車で正門前に乗り付けた。

 グリーン兄弟とシイには別行動をとらせている。彼らは今ごろ乗合馬車で国境に向かっているところだ。

 わたしが舞踏会に参加しているあいだに、従者は捕縛される恐れがある。だから一人で乗り込む必要があったのだ。

 正門をくぐったとたんに弟のリーダが飛んできた。


「や、やあ姉さん、素敵なドレスだね」

「そうかしら? 急ごしらえで作ったドレスだから、あまり気に入ってないのよねえ」

 逃走資金を捻出すために手持ちのドレスはすべて売り払っていた。いま着ているのは適当に作らせた安物である。

 どうせまともな舞踏会じゃないのだから、まともな衣装である必要はない。


「えーと、まあ、とにかく会場までぼくがエスコートするよ」

 リーダは強引にわたしの腕をとって歩きはじめた。


「久しぶりに会ったというのに、ずいぶん慌ててるわね。無事に連れてくる役目を、コバルトから仰せつかってるのかしら」

「…………」


 リーダはわたしの問いかけに反応せず歩き続けた。どうやら図星のようだ。

 弟が味方になってくれないことは、これで確信できた。残念だが仕方がない。

 家の存続のために問題のある身内を切り捨てるのは、貴族社会では当然の判断である。

 会場に到着した。そこは学園自慢の施設――全校生徒が収容可能な巨大ホールである。


「サスティナさま……来てくれて嬉しいの」

 美しい銀髪をなびかせて、アセトがトコトコ駆け寄ってきた。

 リーダと交代するように、今度はアセトがわたしの手を取って歩き出した。まるでリレーのバトンである。

 かねてから疑問に思っていたことを尋ねた。


「よく考えたら、わたしに参加資格はないんじゃないかしら。ずっと学園を休んでるし、卒業試験も受けてないし」

「そこは生徒会の権力でなんとでもなるの」

 アセトはいたずらっぽい表情でほほ笑んだ。


 やはり招待状は生徒会のごり押しだった。異常な権力を持った生徒会はアニメやゲームでおなじみの設定である。

 会場の奥にはビシッと正装で決めたホルムが待機していた。

 背筋を伸ばして微動だにしない様子は、青白い肌と相まってマネキン人形のようだ。


「やあサスティナ嬢、簡素なドレスでも変わらず魅力的だね。きみはどんな衣装も着こなしてしまう」

「無理しなくてもいいわよ。わたしのパートナーになったのは、アセトにお願いされて仕方なく、でしょ?」

「心外だな。なぜ妹がそんなお願いしたかというと、ぼくがサスティナ嬢に憧れを抱いていることを知ってたからだ。あいつは兄の幸せが自分の幸せと考えるような奴だからね」


 ホルムはまっすぐこちらを見つめながら言った。

 舞踏会が始まると、彼の言葉が嘘じゃないことが分かった。

 ダンスには人間性が出る。幼いころからレッスンを積んでいるわたしは、一緒に踊るだけで相手の気持ちが分かるのだ。

 ホルムのステップは機械のように正確だ。と同時に、わたしをリードする手の動きには敬愛の念がこもっていた。


「ありがとう、きみと踊るのが夢だったんだ」

 一曲目が終わったとき、ホルムが上気した顔でそう告げた。


 ひょっとして本当にわたしと踊りたくて招待したのか。舞踏会の断罪はわたしの妄想だったのか。

 そう思いかけた時、ある違和感に気付いた。コバルトやシアンの姿を見かけないのだ。

 二人はまがりなりにもこの国の王子であり、いわば卒業式の主役だ。彼らを抜きにして舞踏会を始めるなんてあり得ない。


「ねえホルム……」

 そのことを尋ねようとしたとき、頭上から聞き覚えのある声が響いた。


「皆さんに重大な発表があります。わたくし、コバルト・ストロンテュームは公爵令嬢サスティナ・ビリティスとの婚約を破棄することになりました」

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