6. 安全な水とトイレを世界中に
「リーダさま、お待ちください! お嬢さまはまだ回復しておりません」
ドアの外からシイの声が聞こえた。
「でも意識は回復したんだろ? だったら入らせてもらうよ」
続いて聞き覚えのある声が流れてきた。嫌な予感がしたけど、怪我を負ってる身では逃げようがない。
乱暴にドアを開けて入ってきたのは、案の定わが愚弟リーダ・ビリティスだった。
色気たっぷりの美青年だが、そのルックスを活用して女あそびに精を出す軽薄な男である。
コバルトはなぜかリーダを気に入り生徒会役員にしてしまった。人を見る目がない王子である。
「聞いたよ! 姉さんはマリエ嬢をイジメていたんだって?」
「いきなりご挨拶ね。怪我に響くから大声を出さないで」
「思ったより元気そうで安心したよ。それでどうなんだい、イジメてたのかイジメてないのか」
「黙秘権を行使するわ」
「もく……なんだって?」
「黙秘権。これは証言を拒否する権利のことよ」
「えーと、つまりだんまりを決め込むってことかい?」
「そうよ、黙秘権を侵害して引き出した供述は証拠にならないの。そもそも立証責任は疑いをかけてきた側にある。犯行が立証されないかぎり被告には推定無罪の原則が適用される。つまりわたしを犯人扱いしてはいけないということよ」
前世で覚えた法律用語をまくしたてると、リーダはすっかり混乱してしまった。
「えっ? 犯人扱いはだめなの……いやいや、難しい言葉をつかって煙に巻こうとしてるんだな。こっちはマリエ嬢から話を聞いてるんだ。ものを隠したり教科書を破ったりしたんだろ」
「本当にマリエがそう言ったの? 自白を強要したんじゃない?」
「きょ、強要なんてするわけないだろ!」
「怪しいわね。強要しているかどうか、お姉ちゃんが判断してあげるから、その時の状況を詳しく話しなさい」
弟のあつかい方は心得てる。混乱させてこちらのペースに引きこめば、意外と素直に言うことを聞いてくれるのだ。
「ちぇっ、しょうがないな……」
上手く誘導できたようだ。リーダはどうやってイジメのことを知ったのか、渋々ながら話してくれた。
〇
そのとき生徒会室にいたのはリーダとコバルトの二人だけだった。
サスティナが階段から転落したとの連絡を受け、二人は急いで保健室にむかった。
保健室ではマリエが度の強い蒸留酒に口をつけているところだった。次の瞬間、彼女は後頭部の傷口にブーッと吹きかけた。
「な、何をしているんだい」
「傷口の消毒です。治癒魔法で傷を治せても、おそらく感染症までは防げませんから」
そういわれてもサッパリ意味が分からない。感染症とは何なのか、酒をかけるとなぜ防げるのか。
しかしマリエの真剣な表情に、それ以上何も言えなかった。
彼女は同じことを何度か繰り返した。
「ふざけないで! サスティナさまに復讐でもしてるつもり?」
野次馬の一人が声を荒げた。
その顔には見覚えがあった。姉の派閥に属する女子生徒だ。
マリエの行為が侮辱しているように見えたのだろう。
「聞き捨てならないですね。いまの言葉はどういう意味ですか」
コバルトがふり返って女子生徒を睨みつけた。
「あっ、いえ、その……」
女子生徒はしまったという表情をしてうつむいた。どうやら第三王子の存在に気付いてなかったらしい。
「これはあとで話を聞かないといけませんね」
コバルトの目配せをうけて、リーダは素早く女子生徒の背後に回って肩を押さえた。
ここでようやく保健医が駆けつけてきた。
保健医の治癒魔法が成功したのを確認してから、マリエと女子生徒を連れ出して生徒会室に戻った。
「復讐とはどういう意味ですか? マリエ嬢とサスティナのあいだに、復讐したくなるような出来事でもあったのですか」
かたくなに口をつぐむ二人に対して、コバルトは辛抱強く同じ質問をくりかえした。
先に折れたのは女子生徒のほうだ。マリエに対する嫌がらせのために動員されたことを告白した。
彼女はリーダたちに少し遅れて保健室に入ったので、消毒うんぬんの話を聞いていない。
だからマリエが頭に酒をかける姿を見て、反射的にサスティナを侮辱してると思ってしまったのだ。
女子生徒の証言を聞いて、マリエも自分が受けたイジメ行為の数々を語りはじめた。
ただしイジメを始めた動機にかんしては、二人とも「分からない」と言っている。
リーダは居ても立ってもいられなくなった。
サスティナがイジメをするタイプじゃないことは、弟である自分が一番よく分かっている。
気が付くと生徒会室を抜け出して保健室に向かっていた。
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