16.サナトスからの試練-7-






「・・・・・・フィンスターニス洞窟を通り抜ける事が出来た人間はいるのか?」


 夜が更けるまで一時間余りであろうか。


 時が流れている事を告げるかのように、砂時計の砂は音も立てずただ静かに、そして無情に落ちていく。


 それまでにシェリアザードが目を覚まさなければ死んでしまう事を聞かされているレオンハルトとラクシャーサは、一番の気掛かりを二柱に尋ねる。


『下級とはいえ神の精神をも狂わせる場所だ。人間・エルフ・ドワーフ・獣人・魔族・・・全ての種族を含めてフィンスターニス洞窟を通り抜けた者は居ないとだけ言っておこう』


「今回の試練は、光も音もない世界で如何にシェリアザードくんが己の心の弱さを克服出来るかどうかが鍵となっている」


「シェリーが鍵というのが分からないのだが、とやらを倒す為だけに、そこまでしないといけないのか?」


「そうだよ。シェリアザードくんがあの男に対する恐怖を取り除かない限り、不倶戴天の敵であるあの男を倒す事はおろか、まともに向き合う事さえ今の彼女には出来ないんだ」


(それに・・・全てが自分達より劣っている種族によって滅ぼされるというのが、あの男の一族にとって何よりの屈辱だからね)


 己の半身とでも、魂の片割れとでもいうべき存在であるシェリアザードの口から拒絶された時、白竜族の竜王が味わう絶望はどのようなものであろうか?


 レオンハルトとラクシャーサの問いにそう答えながら、その時が来るのが待ち遠しいと言わんばかりにサナトスが意地の悪さを含んだ笑みを浮かべる。


「それだけの為だけに、精神に異常をきたす場所にシェリアザード王女を送るとは・・・」


「荒療治だけど、それしか方法がなかったんだよ」


『サナトス。エルは今のシェリアザードであれば試練を乗り越えられると思い、フィンスターニス洞窟に送ったのだろうが、お前自身はどう思っている?』


「分からない。ただ・・・彼女が『生きたい』と『彼女がトカゲ野郎と称しているジュスティスあの男を倒したい』と強く願えば、それも可能だろうね」


 良くも悪くも【欲望】は人を生かし動かす原動力になるのだと、その思いがあればシェリアザードは一皮剥けるのだと、サナトスはそう言っているのだ。


『珍しいな。他種族に興味を持たないそなたがシェリアザードに肩入れするのは』


「僕だけではなく、長い時間をかけてシェリアザードくんの魂魄を修復したお祖母様も彼女には同情しているんだ」


 それはお祖父様にも言える事でしょ?


『否定はせぬ』


 ワタガシが砂時計に目を向けると、天に残っている砂は僅かだった。


(シェリアザード・・・)


 やはり人間の、しかも顔だけが取り柄のトカゲ野郎に対する心の傷が拭えないでいるシェリアザードに、フィンスターニス洞窟を通り抜けるのは無理だったのだろうか?


「・・・っ」


『シェリアザード?』


 彼女の瞼が動いた事を感じ取ったワタガシが顔を覗き込む。


「シェリアザードくん」


「シェリアザード王女」


「シェリー」


 二柱と二人が見守る中、ゆっくりとシェリアザードの瞳が開いていく。


「レオン・・・?」


「シェリー・・・良かった・・・生きてる・・・」


「レオン・・・」


 再び皆と会えた喜びにシェリアザードは涙を流す───。






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