第5話 理性と本能の融解・後半


蝋燭の火が、細く永く揺れている___


小さな炎は今にも消えそうだ。


樹海の夜を背景に、二人は向き合って座っていた。



「......なあ、ツキ。」

「おまえは元の世界で、きっと___

奇麗なまま生きてきたんだろ。」


ハクが蝋燭の火越しに、ゆらりとツキを見つめる。


ツキは少し戸惑いながらも

ぽつり、ぽつり。と口を開く。



「……どうかな……。」

「当たり前のように学校へ行って、勉強して、放課後は友達と遊んで。」

「…休日は家族と出かけて、モクと散歩して。平凡な人生を生きてきた、と思ってる。」




モクのキーホルダーをぎゅっと握りしめる。




「..でも、あの日

モクがヤモリを殺したとき。」


自分の愛でる存在が、命を奪った瞬間を捉えるのは初めてで


「わたしはぐちゃぐちゃになった。」


死を俯瞰して、冷たい言葉を吐く自分に___


黒と白が、ぐるぐる、と

螺旋を描いていく様な___


「気づいたら、この世界に落ちてた。」


ハクは黙ってツキを見つめる。

そして、低く唸る様に呟く。


「…そうか…やっぱり理性の方が

強いんだな。」


「ツキ、おまえがいたのは"理性"が生きる世界だ。」

「...けど、ここは違う。

ここは、"本能"の世界だ。」


ハクは立ち上がり、夜の空気を吸う。


「さっきも言ったが、ここでは、感情も、欲望も、渇望も……全部“力”になる。

だが、強く求めすぎると、獣になる。」

「本能にのまれた奴らは、自分を見失い、獣の姿に成り果てるんだ....」 



闇に耳を傾けながら、自嘲げに話す。



「ハクは...どうやって生きてきたの?」

不安げに呟くツキに、ゆっくりと振り向き


「...力がなきゃ生きられない。ここはそういう世界だ...。」


ハクがそっと掌をひろげると、淡い風が周囲を旋回する。冷たい風にツキは息を呑む。


「俺は、"風"を使う。」


ハクの指が軽やかに鳴った。


ぱちんっ。


巻き上がった風が、かすかな月明かりを受けて

淡い光の刃となり、小さな火をかき消した。


「…!」


テーブルの上の果物が風で震え、枝葉がざわめきながら揺れる。

風は常闇に消え、何度目かの静寂を連れてきた。



「これが、俺の力だ。」


「…これが、この世界の能力。」


「そうだ。全ての欲は本能から生まれる。

この世界は本能を力に変えれる。大きければ大きい程、従えば従うほど強くなれる。」



「それで、獣とどうゆう関係が…?」


ハクの表情が一瞬曇る。

そして、獣の様な目でツキを睨んだ。



「力に溺れるやつは本能が強いやつだ、

言葉なんて要らない、ただ従えばいい。」



ぞくり。



ハクの目の奥に猛る焔を見た。

ツキにはそれが、ハク自身に言い聞かせているように聞こえて___




ハクがどこか遠くに行ってしまいそうで、

私を忘れてほしくなくて、

モクを握りしめる手に力が入る。





その瞬間___




夜の空気が凍り付いたように冷え込んだ。




ピキ。パキパキ。




ツキの掌から氷が溢れ出す。



「「!!」」



私の喉から、恐怖と高揚が入り混じった吐息が漏れる。

次第に広がる白銀の世界に意識が飛びそうになった。



「うっ…ハク!」

「ツキ!!!しっかりしろ!!」

「自分を見失うな!!理性を忘れるな!!!」



制御不能な力を前にツキが絶望しかけたその時



まるで月明かりが差し込んだかのような優しい光がツキとハクを包み込んだ___



「え…」



徐々に光が弱まると、そこに白銀の世界は無く

少し荒んだハクの部屋があった。


ツキの掌で握り締められたモクのキーホルダーが淡く光を放っている。



「…これ…!」


ハクがそれを見て、目を細めた。


「やっぱり……護ってるな」


暖かな光が私の凍った掌を溶かしてくれてるような気がした。




ドッと疲れたツキはテーブルに突っ伏した。

ハクもドカッと椅子に座り、大きな溜息を溢す。



「「…疲れた…」」



少しの静寂を破るようにハクは言った。

「…明日、常闇の街へ行こう。」


「おまえは理解しないとだめだ。

この世界を。自分を。本能を。」


「この世界で生きるには、強くなれ。

………ツキ。」





その名を呼ばれるたびに、

ツキの中で何かが目覚めていく音がした___



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る