第23話:防衛計画
「せーので行くぞ!」
「あいよぉ!」
「せーのっ!」
この学院に在籍する男子生徒は数こそ少ないが、皆優秀だ。
とりわけ剣術に秀でるものは多く、それによって鍛え上げられた肉体には思わず目を見張る。その力は、男子生徒たちの3倍ほどもある長さの木材を軽々と持ち上げるほど。
今だって、制服のジャケットを脱いでその自慢の肉体を見せつけているし、通りかかる女子生徒たちは一瞬その筋肉に圧倒されて足を止める。
「えっさぁ!」
「ほいさぁ!」
「えっさぁ!」
「ほいさぁ!」
軽快な掛け声で歩調を合わせながら、木材は運ばれていく。
その時、偶然近くをレキが通りかかった。
「すっごいなぁ……力持ちな——ってアトラちゃん!? なんで男の子たちにしれっと混じってるの!?!?!?」
騒がしく通る男子たちを見て呆然とし、そして俺に気づいて爆声を響かせた。
運悪くレキの横を歩いていた生徒は直後にふらふらと倒れ込んだ。恐らく失神している。
「ん? 姉さん、あの銀髪の子って確か副会長の?」
「そうです。すごく元気でしょう?」
「そりゃもう! ここに混じってほしいくらいにはな!」
俺の前を歩く豪快な男子は、顔をくしゃっとさせながら笑った。
太陽みたいに眩しい笑顔だが、身体は日焼けして浅黒い。
肌からは汗が吹き出ており、運動部特有の匂いを周りの男子からも感じる。
「ちょっ、ちょっと!? 平然とあたしを無視しないでよぉ~~~!」
俺たちに並走しながら叫んでいるレキ。
熱血男子と並走する美少女という構図はなかなかにおかしい気がする。
「というかアトラちゃん! それ重くないの!?」
「大丈夫だよっ。こう見えても私、結構力強くってさ」
当然、さっき回復魔法で筋肉密度をいじっている。
そうでもなければ、こんな重い木材を華奢な聖女が運べるはずもない。
——と、その時。進行方向にいたバーレイグが俺に向かって手を振ってきた。
そろそろ目的地に到着するのを理解した皆は徐々にスピードを落とし、ゆっくりと木材を降ろす。
「せーので降ろすぞ! 手ぇ挟むなよ!」
「あいよぉ!」
「せーの!」
息を合わせ、木材をドスンと地上に置く。
「学院を守るためだ! 弱音なんか吐かないよなぁ!?」
「当たり前だ!」
そもそもこの木材は、バリケード用に運び込まれている。
今はまだまっさらだが、ここから木を削り出してトゲを作るのだ。
それらは一部の生徒や、ノルナたち騎士団の仕事となっている。
あの王様は恩を売りたいのか、あの会談のあとすぐさま彼らを派遣してきた。便利な人手なのでありがたく使わせてもらっている。
「よっしゃ次行くぞ!」
「あいよぉ!」
身軽になった男子たちはすぐさま方向を反転し、出発地点へと戻っていった。
しかし、俺も続こうとしたところで、レキに力強く肩を掴まれる。
「ちょっと待ってってばぁ……もう、酷いよアトラちゃん!」
「ま、まぁ……ここで休憩しても、いいかも……ね……」
酸欠に近い状態の俺に対し、レキはケロッとしている。
呼吸は安定していて、汗も全くかいていない。
そうだ、俺がいなくなると穴が空いてしまう。
こいつを代わりに差し出そうかな……?
「アトラ様。そろそろ休憩にした方がいい。息も絶え絶えじゃないか」
「殿下までそう言うなら……そうします」
「それに……男子たちも困っていただろうし。何人か前かがみになっている人がいたからな……」
顔を少し赤らめ、恥ずかしそうにバーレイグはそう口にした。
何のことか察した俺は、自分の胸元を見下ろしてみる。
白いシャツはところどころが汗で透け、神秘を守る白い布地も微かに見えるような気がする。
確かに、こんな状態じゃ皆が可哀想だ。
眼福というか、目に毒というか……ともかく、俺でダメならレキも派遣できなさそうだ。なにせ、大きく主張するブツがある訳だし。
「え、えっと。それで、これから私はどうすればいいんですか?」
話を変えてあげれば、バーレイグの顔はすぐに真面目なものになった。
王族という肩書きに相応しい、凛とした面持ちだ。
「ぜひアトラ様の耳に入れたいことがある。生徒会室で話したいのだが、構わないか?」
「えぇ。分かりました。レキちゃんは皆を手伝ってあげて。男子には混ざらなくていいから。絶対に」
「え? うん、分かった……よ?」
どうしよ、すごく心配。
いやきっと俺のレキちゃんならなんとかしてくるはず——と、お使いを頼まれた小学生を見守る気分でその場を去った。
◇
生徒会室に移動すると、先程までの喧騒が嘘のように消えていった。
逆にもどかしくなるくらいの静寂が一帯を包みんでいる。
「脱走した帝国諜報部の女だけど、調査の結果、帝国に戻っていることが判明したよ」
「逃げられた上、本拠地に辿り着いてしまったんですね……」
俺が本気で洗脳した初めての女。
あいつは夜の間に牢屋の壁をぶっ壊して脱走し、そのまま行方をくらませていた。
まさか逃げ出すとは思っていなかったので、レキの警備に人員を割いていたのも原因の一つかもしれない。
「しかも、その数日後から帝国の動きが活発化している。噂によれば、資金をどこかに大量に投資しているとか。王国でも複数の貴族がそこそこの規模で金を動かしている」
「やはり王国貴族にも協力者がいると見ていいですね。困ったことになりました……」
学院内部に敵はいないだろうが、ここは王国領。
中にも外にも敵がいるというのは相当に厄介な状態だ。
「情報統制は学院長がきちんと行ってくれている。だから、また偵察員でも来ない限りは防衛を固めていることは露見しないはずだ。物資を購入した商会には僕と学院長の連名で『他言無用』と言いつけてある」
「それは心強いです。これで言いふらすような愚か者はそもそも商売で生き残れないでしょうし」
権力者の命令や、誰かとの約束を守れない商人など、信用を失ってすぐに没落する。
それは今も昔も変わらないし、異世界でも同じだ。
二人の名前を出してくれているのなら流石に安全だろう。
「とはいえ、不安が残ります。貴族はともか,王族は大丈夫なのですか? 陛下やあなた以外の王族とは面識がないですし、正直なところ信用できていません」
俺の言葉に、バーレイグは苦々しい顔で目線を逸らした。
何か心当たりがあるのだろう。
「……兄上たちは僕の動向を随分と観察している。『ここで失敗するようなら王子失格だ』と言わんばかりに」
「兄——つまり第一王子と第二王子ですね」
「そうだ。ただ、姉や妹たちに関しては、聖教会の信者かどうかで興味の度合いが全く異なっている。特に信者ではないトリーネ姉さん——第三王女はしばらく顔すら見ていない」
王族に敵対者がいる、なんて考えたくもないな。
だからといって国外逃亡も出来ない。
なにせ帝国のトップに目をつけられている。
公国にも監視されているし、他の国に行くのは遠すぎる。
それこそ、各国が挙兵して俺を殺しに来る——みたいな事にならない限りは逃亡する選択肢はない。
唯一良い点は、安心して誰かに貴族の動向調査を任せられることくらいだ。
第三王子が情報を仕入れてくるというのは、正確性においてとても大きなメリットとなる。
「政治の方はそんな感じだ。防衛計画についてだけど、進捗はどうだい?」
「概ね順調です。男子たちがやる気を出してくれているお陰で、バリケードの設置は予定より早く終わるかと。それに陛下が騎士団を派遣してくださったことも大きいですね。陛下には感謝をお伝え下さい」
「分かった。伝えておこう」
そこで、俺は「そう言えば……」と話を続ける。
「戦力についてはどうなんでしょうか。騎士団の皆様だけでは心許ないのですが……」
「恐らくだが、御前会議——ちょうど今頃開催されている頃合いかな——で、戦力的な支援を受けられると思う。王国軍の兵力は三個師団。そのうち、最低でも一個大隊は送られてくるはずだ」
「500人程度ですか……まぁ、それほどの兵力をすぐに出してくださるだけ感謝ですね」
王が動かせる兵力は多いが、内密に事が進む以上、大隊が動かせただけでも良い方だろう。中隊——約200人規模じゃ流石に心配だからな。
念には念を、の精神というやつだ。
「僕からは以上だ。何か質問は?」
「ありません」
「では、そろそろ戻ろうか」
バーレイグは席を立ち、扉に向かって歩き出した。
ドアノブに手をかけた辺りで立ち止まり、振り返って呟く。
「この難局、必ず乗り越えよう。貴女の運命を奏で続けるために」
「——もちろんです」
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