彼女に振られた俺は美少女吸血鬼と同棲する

@amenhotep41

第1話

「あなたはいい人よ。でも、私に必要なものはくれない。私たちは最初から違う世界の人間なの。だから——如月悠真(きさらぎ ゆうま)、もう私に関わらないで。さようなら。」

天使のように美しい顔立ちの少女はそう言うと、悠真に一礼し、高級そうなスポーツカーの助手席へと乗り込んだ。

エンジン音を残して車は走り去り、その場に取り残されたのは、両手に二つのソフトクリームを持ったまま呆然と立ち尽くす如月悠真だった。

ついさっきまで普通だったのに、どうして突然フラれたんだ? しかもテンプレのようなセリフで。

「ちくしょう……もういいよ、俺が二つとも食ってやるよ。」

公園のベンチに腰掛け、二つのソフトクリームを頬張りながら、如月悠真は彼女——桐野楓(きりの かえで)との日々を頭の中で何度も反芻していた。

悠真と楓は幼なじみで、中学も高校も同じ学校に通っていた。正式に付き合い始めたのは高校三年の春だった。

彼女のために、悠真は猛勉強して、同じ大学に合格した。それはまるで運命のように思えた。

だが、大学が始まって一か月もしないうちに、悠真は親友が言っていた「大学に入ると人が変わる」という言葉の意味を痛感することになる。

視野が広がり、今まで知らなかった世界に触れ、心は新たな刺激にさらされる——そういうことなんだろう。

それでも、悠真は信じたかった。楓には、きっと別れを選ぶしかない事情があったのだと。

「……でも、それって俺が惨めなだけか。いや、違う。これは彼女を取り戻したいんじゃなくて……友情を守りたいんだよな?」

……まあ、そういうことにしておこう。

楓の両親は、実は悠真の養父母でもある。いくら別れたとはいえ、顔を合わせることもあるだろう。無理に関係をこじらせる必要はない。せめて友達として……。

「でも、結局俺って……都合のいい男だよな。」

そんなことを思いながら、悠真はため息をついた。

数日前、悠真は意を決して、2,000円もするペアのブレスレットを買った。アルバイトで生活を支える彼にとっては、決して安い買い物ではなかった。

だが、今日、目の前で楓が彼女の“望む未来”に向かって走り去るのを見て、ようやく思い知った。自分が差し出すブレスレットなど、楓には何の価値もなかったのだと。

疲れ切った体を引きずって、悠真は狭いアパートに戻った。

彼は地元を離れ、楓と一緒に暮らすためにこの部屋を借りた。だが、楓がこの部屋にいたのはたったの一週間。

気がつけば彼女は荷物をすべて持ち出し、部屋には誰の気配もなくなっていた。

すべてを失った気分だった。

ピリリリリ……

スマホが鳴る。

「如月くん、今夜の夜勤、小山くんが急用で出られないから、代わりに頼める?」

24時間営業のコンビニで働く悠真に、店長からの連絡だった。

恋は終わったが、生活は続く。来週には家賃の支払いもある。

両親は早くに亡くなり、親戚とも疎遠だ。養父母にこれ以上頼るのも気が引けた。学費を出してもらってるだけで、もう十分すぎる厚情だ。

顔を洗って気持ちを切り替え、悠真はコンビニへ向かった。

幸いにも、夜の客足は少なく、彼の陰鬱とした態度にも気づく人はいなかった。

午前五時。シフトを終えて店を出ると、空からは雨が降り始めていた。

傘をさしながら帰路につく途中、家の近くの公園で、悠真は一人の少女を見つけた。

ブランコに座り、傘もささず、ずぶ濡れのままじっとしている。

「……朝倉澪(あさくら みお)?」

その名前は知っていた。彼女も悠真と同じ大学の一年生で、冷たく孤高な雰囲気と完璧な容姿で学内では有名だった。

同級生でありながら誰もが距離を置く存在で、喫煙や飲酒、喧嘩の噂まである「不良少女」としても知られていた。

噂には敏感でない悠真の耳にすら、彼女の名前は幾度も届いていた。

雨の中、ブランコに座る澪の姿を見て、悠真はしばし迷ったが、意を決して近づいた。

「君……朝倉澪、だよね?」

彼女は濡れた黒髪を垂らしながらも、かすかに顔を上げた。

「……?」

困惑した表情。雨粒が彼女の頬を伝い、制服のパーカーとチェックのスカート、黒のタイツもびしょ濡れだ。

このままでは風邪を引いてしまうだろう、と悠真は思った。

「風邪、ひいちゃうよ。」

「関係ないでしょ。」

か細い声。雨音にかき消されそうだった。もし悠真が来なければ、彼女はこの雨の中で静かに消えていったかもしれない。

彼女が拒絶の意思を見せたにもかかわらず、悠真の中には別の思いがあった。

——自分も、あの日の雨の中で一人だった。誰にも見つけてもらえなかった。

あのとき、自分は助けてほしかった。誰かに声をかけてほしかった。

「家まで、送っていこうか?」

そう言いながら彼は澪の服装に目をやった。

ボロボロになったパーカー。よれたスカート。伝線したタイツ。

まるで、何日も同じ服を着ているように見えた。

澪はブランコの鎖を握りながら、前を見据えたままつぶやいた。

「……家、ないから。」

「えっ?」

悠真は耳を疑った。

「家、ないの。」

「あ……孤児ってこと?」

言ってしまってから、自分の軽率さに気づく。

澪は黙り込み、凍えるように唇を震わせていた。

(関わらない方がいい……)

頭の中で警告が鳴る。こんな時間に、こんな場所にいる「不良少女」。関われば厄介だ。

だが、思考よりも先に、口が勝手に動いていた。

「よかったら……うち、来ない?」

「……え?」

澪が驚いた顔でこちらを見た。悠真自身も、どうしてそんなことを言ってしまったのか分からなかった。

「ずっとここにいるのは良くないし。シャワーくらい、浴びていけばいいよ。」

(ああ……なんでシャワーなんて言っちゃったんだ俺は……)

恥ずかしさに頭を抱えたくなった。

しかし澪はじっと悠真の顔を見つめたまま、やがて微かに口を開いた。

「……いいの?」

その声には、悔しさと哀しみが混じっていた。

悠真は、噂の中にあったような“悪い女”の姿ではなく、最後の希望を手放すまいとする、弱くて哀れな少女の顔を見た気がした。

「……俺でよければ、いつでも。」

「……ありがと。」

こうして、不良少女一つの傘の下、雨に濡れながら、狭いアパートへと向かった。









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