猫又娘の大冒険 17
17
その日の夜、まのはフロージュ女王に言われた言葉を思い返していました。
「女王様が味わったような孤独なんて、あったのかなあ」
夜ともなれば、お城に再び静寂が訪れます。昼間、お城に集まった小人たちは夕方頃に仕事を切り上げ、それぞれの家路についていました。
今までも静寂を友としていた女王様のお城ですが、ここ最近の小人の出入りの多さと、夕方まで続けられる作業の音がしているので、夜は以前より一層静けさに深みが増しているように感じられます。
与えられた部屋で──まの、フク、ユキミの三人は、許可をもらってお城で寝泊まりしているのです。ジャックは畏れ多いと固辞しましたが──考えてみても、思い当たる節がありません。
そもそも、自分が何故この国に来たのかも定かではないのです。
「そう言えばあたし、どうしてこの国に来たのだろう?」
きっと女王様の言うように、何か事情や問題があってやって来たのは間違いないのでしょうけれど、それが何なのか分かりません。
ただ時折、不思議に思うことがあります。岩場のお茶会で見せた、堂々とした礼儀作法。上手とは言えないけれど、いつ覚えたか思い出せないダンスのステップ。
まのがまだ猫の時代に、そのような習い事などしていませんし、飼い主がもし居たとして、そしてその飼い主が礼儀やダンスに精通していたとしても、それを見ただけで自分のモノになるとは到底思えません。
「とすると、誰かに教えてもらったんだろうけど、誰に?」
自問自答するまでもなく、猫の国の誰かという事は、まのにも分かっていました。そこで気づきます。
「あたし、猫の国のことを思い出せない!」
自分が新米猫又であること、せいぜい人型にしか変身できないことくらいは覚えています。でも猫の国に家族は、友人はいたのか。それが思い出せないのです。
まのは足元が崩れるような感覚に陥り、居ても立っても居られなくなりました。
不意に、いつの日か女王様が口にした言葉が蘇ります。
──私は、何?
──あなたは、何?
「女王様!」
知らずにフロージュ女王の名を口にしながら、まのは女王様の部屋へと足早に向かいました。
夜中に、しかも血相を変えて飛び込んで来たにも関わらず、女王様はまのが訪れるのを分かっていたかのように、優しく招き入れてくれました。
落ち着きさない、と言葉をかけ、椅子に座るよう促します。水差しの水を手ずから用意し、まのに勧めさえしてくれました。
迷子──実際そうなのですが──のように弱気になったまのが落ち着くまで、女王様は何も言わず待っていてくれました。
幾分落ち着いたまのは、バツが悪く、
「ありがとうございます……」
と、空になったコップをテーブルに置きながら言うのがやっとでした。
「落ち着いたかしら?」
「は、はい。お陰様で」
数日前まで、まのが女王様を孤独から救い出そうとしていたのですが、今この時に限っては立場が逆転していました。
「さ、話してちょうだい、何があったのかを。いえ、何を思い出したのかを」
女王様はお見通し、と言うのは言い過ぎかもしれませんが、まのが何かを抱えていることに関しては見破っていたようです。
「女王様、あたし、覚えていないんです……」
「何を、覚えていないの?」
女王様の優しい問いかけに、まのは自身の記憶の欠落について語りました。
まだまのの中でも整理しきれていなかったので、説明も順序だったものではありませんでしたが、女王様は何も言わず黙って聞いてくださりました。
一通り説明した後、まのは恐る恐る、
「あの、こんな説明でお分かりになりましたでしょうか?」
と、いつもの快活さのない声で聞きました。
「まのが猫の国で、どういった生活を送っていたか、どう言った環境にあったのかが分からない、いえ、思い出せない、ということですね」
「は、はい。そうなんです。なんでこんな大事なことに思い至らなかったんだろう……」
まのは簡潔にまとめてくれた女王様に感謝しつつも、同時に自分の不甲斐なさに落胆してしまいそうになりましたが、
「やっぱりまのは私と似ていますね」
思いがけない言葉が女王様から投げかけられ、えっ! と間の抜けた声が出てしまいました。
「だって、思い返してみなさいな。あなたがここに来るまで、私はどこかに感情を置き去りにした人形のようでした。自分から小人たちに何か働きかけるでもなく、どこかで諦めて、無為な日々を過ごしていたのですから」
少し自虐が過ぎると思いながらも、まのは黙って耳を傾けて女王様の言葉を待ちます。
「きっと、今度は私があなたを助ける番。いえ、そんな大層な事はできないから、あなたの背中を軽く、ぽんと押すのが私の役目だと思っていますのよ?」
「背中を、ぽんと?」
とすると、女王様はまのの問題の原因が分かっているのでしょうか。
「女王様、あたしはどうしたらいいんでしょう?」
──どうすれば記憶を取り戻せるのでしょう、と続けようとしましたが、それより先に女王様が、
「思い出せないのではなく、思い出したくないのではありませんか?」
と、言い放った言葉は、まのの胸に見えない矢となって突き刺さったのでした。
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