猫又娘の大冒険 15

15


「どういうことですか?」

 中庭から駆けつけたまのを自室に招き入れ、フロージュ女王は詰問しました。

「何が、でしょう?」

 まのも呼び出されるのは予想していたので、少し緊張はしていましたが、物怖じはしませんでした。同席を許されず、外で待っているジャックを少し可哀想と思うくらいの余裕もありました。

「私の城に、多くの小人がやってきていることです」

 女王様は先ほどまでの慌てっぷりはさすがに影を潜め、静かな威厳のある声で問いかけます。

「どのような理由で、彼らを城に呼び入れたのです?」

「お礼です」

「お礼? 何の?」

 女王様の言葉を、実はまのは待っていました。

「はい。お茶会のお礼です」

「お茶会の、お礼?」

 お茶会は女王様が小人たちとの親睦を深めるためのイベントでしたが、、慣習的、惰性的に続けている色合いが強かったため、女王様にはピンと来ていない様子です。

 それに、あのような岩場でのお茶会など、喜ぶ者などいないだろうとも思っておられるのです。

「あたし、フクとユキちゃんにお願いしたんです。お城の掃除やお手入れを手伝ってくれそうな人を呼んで来て、って」

 まのの話はだいたい、次の通りでした。

 ──ご招待を受け、参加した以上はそのお礼をしなくてはダメよ。皆、お礼を言わないから女王様もちょっと怒って、お茶会の飲み物やスイーツもああいった物をお出しになるの。本当はお城にある食べ物、飲み物はとっても美味しい物なのに──

「それで、手始めにお茶会に参加した中で、フクとユキちゃんのお友達や、知り合いに来てもらってたんです」

「ちょっとお待ちなさい」

 女王様が額に手を当てて、まのを制します。

「あなた、この城を見たでしょう。唯一、中庭だけは昔の面影を残しているけど、あとは廃墟と言ってもいいような代物でしてよ?」

「はい、ちょっと嘘をついちゃいました」

 悪びれることなく、まのは微笑みながら言いました。

「だから女王様、これからもっと忙しくなりますよ。もっともっと楽しいことを考えて、それを体験してもらわないと、皆がっかりしますよ!」

「ああ、なんて嘘をついたのでしょう、この子は!」

 女王様はとうとう天を仰ぎ、壁にもたれてしまいました。しかしまのは、

「嘘だなんて、とんでもない! あたし、確信してますよ、このお城が輝きを取り戻せるってことを!」

 キッパリと言い切りました。そして続けます。

「あたし、初めてこの国の不思議な果実を食べた時、何の味もしませんでした。お茶会でもそうでした。でも──」

「……でも?」

「このお城で過ごす内に──多分、女王様と踊った次の日くらいから──中庭で例の不思議な果実を食べたら、少し味を感じたんです」

「気のせいかもしれませんよ」

「あたしもそう思いましたけれど、フクもユキちゃんも、中庭ここの果実がどこのものよりも美味しいって言ってましたよ。だからやっぱり、お城の食べ物は特別なんです!」

 まのはそこまで言い終えるとポケットから赤いグミの果実を取り出し、女王様に渡しました。

「どうぞ、食べてみてください」

「どうぞ、ってあなた……」

 何か言ってやろうと女王様はまのを見ましたが、まのの真剣な表情を見て、ふうっと息をつくと、観念したのか一口齧りました。

「どう、ですか?」

 さっきまでの威勢はどこへやら、恐る恐るまのが聞きます。

 女王様はそれには応えず、まじまじとグミの果実を見つめていましたが、もう一口、齧りました。続けてもう一度、もう一度……全部口に運ばれました。

「まの」

 おもむろに、女王様が語りかけます。

「僅かに、味がする気がします」

「本当ですか!?」

 ほっとした以上に喜びが大きかったので、まのの声も大きなものとなってしまいました。

「ほら、あたしの言った通りじゃないですか。あたしが食べても味がしたんですもの、女王様だってきっと、って思って……あれ?」

 僅かながらも、味がした、と女王様が言ってくれた。それは大きな一歩だとまのは思い、とても嬉しいのに、何故か涙が溢れてきたのです。

「す、すいません。嬉しいのに、おかしいな……なんでだろう……」

 そっと、女王様がまのを背後から抱き込むようにして包み込み、ハンカチで涙を拭ってくれました。

「ありがとう、まの。そんなに心配をしてくれていたのね」

「ど、どうでしょうね……変に張り切って、空回りしてただけだと思うんですけど……」

 女王様に優しく抱きしめられると、とても心が落ち着いてきます。溢れた涙もすぐに収まってきました。だけどまのはもう少しこのままでいたかったので、涙が止まっっていないふりをしました。

 ──何か話をして、注意を逸らそう。

 まのはそう思って、女王様に聞きました。

「女王様、グミのお味はどんな味がしました?」

 聞いてからまのは自分の浅はかさを呪いました。まのが持ってきたのは赤いグミの果実。りんごの味に決まっています。

「味? そうね、微かにしか味はしなかったけど、レモンのように酸っぱかったわ」

 予想外の答えを耳元で囁かれました。その声は小声でしたが、少し掠れているようにまのは思えました。

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