猫又娘の大冒険 7

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 岩場の庭園からお城まで距離はありましたが、フロージュ女王が乗ってきた馬車に乗せてもらえたので、時間はさほどかかりませんでした。

 もっともお城へと通じる道は荒れていたので、車輪が壊れないか、馬が怪我をしないかとヒヤヒヤものでしたが。

「ま、まだかなっほい……」

「だらしないなのさ!」

 馬車に酔ったフクにユキミの厳しい声が飛びます。

「ユ、ユキミはずるいっほい……まのの膝だなんて……」

「ふん。早い者勝ちなのさ!」

 ユキミは自身の機転の良さに勝ち誇っています。猫娘の直感なのでしょうか、馬車に乗るや否やまのの膝に陣取り、馬車酔いを回避したのです。

「フク、大丈夫?」

「……まのが平気なのが一番意外っほい……」

 まの自身も意外でした。きっと猫のバランス感覚が酔いを防いでくれているのでしょう。

「早く着かないと、フクが保たないわ」

 女王様に聞いてみたいところですが、女王様は仕切りの向こうにいるので話すことも見ることも出来ません。こちらの様子も女王様からは見えないはずですが、何せ魔女でもある女王様です。何らかの魔法で見たり聞いたりしているかもしれないので、フクの呻き声以外は静かにしておくことにしたのです。

 どれほど馬車は走ったでしょうか。馬車の速度が徐々に落ちていき、土を蹴る音から石畳を蹴る、カッカッカと言う音に代わってきました。揺れながらも何とかお城に着いたようです。

「着いたぞ、降りろ!」

 乱暴な物言いはお付きの角付きウサギのジャックです。馬車の中でユキミが教えてくれました。本当はウサギじゃなく、ジャッカロープという種族らしいのですが。

 まのはフクを背負いながら、馬車を降りました。

「ユキミ、どうしたの?」

 なかなか降りてこないユキミに声をかけます。

「な、なんでもないなのさ!」

 どうやらユキミの大きさに対して、馬車は女王様、つまり大きな人用に作られているので、乗降台に足が届かないようです。かと言って飛び降りる勇気もないみたいで、足を台に乗せようとしては引っ込めを繰り返しています。

「……フクをいじめるからっほい……」

「う、うるさいなのさ!」

「フクもユキミも仲良くなさいな。ほらユキちゃん」

 と、まのが手を差し伸べます。

「ユ、ユキちゃん!?」

 かー、っとユキミの顔が赤くなります。

「そうよ。猫の国では可愛い女の子は、ちゃん付けする決まりなの」

 うそでしたが、まのはユキミと呼ぶのに抵抗があったのです。だってユキミはとっても可愛いのですから、呼び捨てなんてとんでもないのです。

「ユキミはユキミなのさ!」

「そう? じゃあ、あたしを助けると思って」

「助ける?」

「ええ。猫の国の決まり事を守らないと、国に帰った時に怒られてしまうの」

 これもうそです。それほどユキちゃん呼びをしたいのです。

「し、仕方ないわね。そういうことならさっさと言いなさい、なのさ」

 ようやくユキミが折れ、まのの手を取り地面に降り立ちます。それを見ていたジャックが、

「遅い遅い! 女王様がお待ちだぞ!」

 と、また怒鳴ります。

「あら、女王様は先に降りられていたの?」

「そうだ! お前たちを迎える準備があるからな!」

 ふん、と胸を張るジャックに、

「なら、お前が真っ先に降りてなきゃいけなんじゃないっほい?」

 まのの背中に負われて、少しは元気を回復させたフクが痛いところを突きます。

「う、うるさ〜い! いいから早く中に入るんだ!」

 ジャックに急かされ、三人は足早に城内に入りました。


 ある程度予想はしていましたが、城内は薄暗く、そして汚れていました。もうすぐ夕暮れというのに、燭台しょくだいの蝋燭には火も灯されていません。いえ、それどころか蝋燭のない燭台の方が多いくらいです。

 敷き詰められた絨毯は、枯れかけの芝生のようで、ところどころ抜けが目立ちます。穴さえ空いている始末です。

 先ほどの庭園とは違い、元の作りがしっかりしているだけに、城内の荒廃ぶりは余計に目立っていました。

「誰もいないのかしら?」

 廊下を歩いていても、使用人らしき人とも出会いません。

「ここは女王様だけが住んでいるんだ」

 ジャックが言いました。

「あら、ジャックは一緒じゃないの?」

「オレは近くの小屋に住んでる。ここは大きい人のお城だからな」

 確かに大きい人用の作りです。ジャックは態度は大きいですが、身体はフクやユキミと同じくぬいぐるみのような、小人です。階段一つ上がるのにも大変な労力が必要でしょう。

「じゃあ、さっきの馬車は誰が操っていたのかしら? それに誰が用意してたの?」

「女王様の魔法さ!」

 確かに命を与えることができる女王様なら、それくらいのことは出来るでしょう。

「やっぱり凄い魔法使いなのね。でも──」

 これだけ大きなお城で一人だと、寂しくないのかしら、とまのが物思いに耽っていると、

「着いたぞ、食堂だ! ここで女王様がお待ちだ!」

 食堂のドアを開けながら、ジャックが怒鳴ります。

「……分かった、分かったから怒鳴るなジャック」

 まだ本調子ではないフクが弱々しく抗議します。

「そうよ……なのさ。女王様の御前なのさ」

 広い、しかし薄暗く人気ひとけのない食堂には、縦に長いテーブルが中心に据えられていました。その上座に女王様がすでに座って待っておられました。

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