流れる雲、輝く星のように 〜まのの宝物〜

つかさあき

猫又娘の大冒険 1

1


 そよそよと柔らかな、それでいてどこか甘い香りを漂わせる風に体を揺すられ、安知谷あちやまのは目を覚ましました。

「おはよう」

 まのはあくびをしながら、いつも抱いて一緒に寝ているぬいぐるみに挨拶をします。でも、いつもと何かが違います。

「あれ?」

 幼い頃からのお友達である、犬のムイちゃんのぬいぐるみの感触がありません。いえ、感触どころか、ムイちゃんが見当たりません。

「ムイちゃん、どこ?」

 まだ眠たい目をこすりながら、部屋を見渡そうとすると、まのはもっと驚くことになりました。

「まあ! ここはどこなのかしら!」

 そこには見たこともない景色が広がっていました。色とりどりの花が咲き乱れる花畑にまのは眠っていたのです。

 新緑の目にも鮮やかな若草をベッドにしていたようで、まのは器用に二本の尻尾で背中についた草を払いました。

「不思議! これは夢なのかしら」

 恐る恐る、近くに咲いていた花に小さな手を伸ばしてみます。すると確かな感触と、かぐわしい香りが伝わってくるではありませんか。

「夢じゃないみたい。でも、だとしたら、ここはどこなのかしら?」

 まのはつい最近、猫又になったばかり。先輩猫又ならばこのような不思議な事にも慣れっこなのでしょうが、まだ猫又一年生のまのはちょっと不安になってしまいました。

 すると、どこからか、

 ──えっほ、えっほ

 という掛け声が聞こえてきました。

 掛け声の声はだんだん近くなってきています。そして掛け声の内容もハッキリと聞こえてくるようになりました。

 ──えっほ、えっほ。みんなに伝えなきゃ。お茶会開催だと、伝えなきゃ。

 まのの優れた聴覚は、お茶会という言葉を聞き逃しませんでした。

 瑪瑙めのうを溶かしたような青空から降り注ぐ陽光はとても心地よく、その光を受けて育つ草花の香りはとても甘美でした。

 こんなところでお茶会なんて、とても素敵な事だわ。

 先ほどまでの不安もどこへやら、まのはもうお茶会に行きたくなって仕方がありません。

「ねえねえ、えっほえっほさん!」

 掛け声のした方に向かって、まのは声をかけてみました。

「お茶会をするって本当かしら? あたしも行きたいのだけれど、連れて行ってくれないかしら?」

 声をかけられた方はビックリしたようでした。

「そこにいるのは、誰かなっほい?」

「あたし? あたし、まのって言うの。安知谷まの」

「あちゃまーの?」

 そう言って姿を現したのは、フクロウと犬を足したような、変わった生き物でした。大きさもまのの膝くらいまでしかありません。

 その愛らしい姿にまのは抱きしめたくなりましたが、我慢します。まのは長生きした猫、猫又なので我慢くらいへっちゃらなのです。

「あちゃまーの、じゃないわ。安知谷まの。でも言いにくいのなら、まのでいいわ」

 まのは屈んで、話しかけます。

「まの? まのは大きいな!」

 初めて言われました。まのは小柄ではありませんが、かといって大柄ではありません。でも、このヘンテコな生き物からすれば、充分に大きいのです。

「あら、とても嬉しいわ。大きいなんて言われたのは、初めてよ」

「まのは、どこから来たのっほい?」

「猫の国よ。ねえ、ここはどこなの? そしてあなたのお名前は?」

「猫の国? まのは人間じゃないの?」

 ヘンテコな生き物は少し警戒しているようです。無理もありません。彼の知っている猫と猫又であるまのは、とても違った外見をしているのですから。

「あら、ごめんなさいね。猫の国と言っても、猫だけが住んでる訳じゃないの。とっても長生きした猫は、猫又というものになるの」

「ネコマタ?」

「そう。猫又になったら、こんな──」

 と言って、まのはくるりと身を軽やかに翻しました。お気に入りの群青色のドレスのすそが綺麗な弧を描き、自慢の銀髪がふわりと広がりきらめきます。

「人みたいな姿になれるの。ううん、人だけじゃなく、色んな姿に変われるの」

「すごいっほい、すごいっほい! まるで魔法使いみたいっほい!」

 パチパチと拍手をしています。すっかり警戒心は解けたみたいです。けれどもまのはまだ猫又一年生なので、変化は人型しか出来ないことは内緒にしておきました。

「ありがとう! 褒めてくれて嬉しいけれど、あなたの名前をまだ聞いていないわ。教えてくれるかしら?」

「そうっほい、まだ名乗ってなかったっほい。フクっていうっほい!」

「フクちゃん。いいお名前ね。それでフクちゃん、さっき言っていたお茶会だけれど」

 お茶会に興味津々なまのは、どこでお茶会が開かれるか気になって仕方がありませんでしたが、

「そうっほい! お茶会を伝えなきゃいけないっほい!」

 フクはまた、えっほ、えっほと掛け声をしながら走り出そうとしています。

「ああ、待って、フクちゃん!」

 まのは慌てて、フクの後を追いました。

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