ふたりの出会い

4月初旬の週末、金曜日。

今日は学校で新入生のオリエンテーションが行われ、高校生になって初めての登校日になる。


午後1時過ぎ、学校の最寄り駅の千歳鷺山駅で電車を降りると学校へ向かって歩き始めた。

駅から学校まで徒歩約15分。

オリエンテーションは2時からなのでまだ時間はある。

駅前の商店街を抜けて、住宅街の中の通学路を歩く。


同年代と思われる男女が数名、前方を歩いている。今日のオリエンテーションに出席する同級生になる人たちだろうか。

学校には制服がないためみんな私服姿だから生徒なのかよくわからない。

学校に着けばわかるだろうと、無理に声をかけることもなく、ひとりのんびりと歩いた。

 

民家の建ち並ぶ面白味のない通学路を歩いていると、ひとりの女の子の後ろ姿が見えた。

紺色のブレザー、ひざ上丈にした紺色無地のプリーツスカート、黒タイツという制服っぽい服装で、背中の半分もある長い黒髪を揺らしながら歩いている。

歩く方向が同じで服装を見る限り、きっと同じ学校の同級生になる人だろう。

(あら……!?)

彼女の服装を見て驚いた。私も彼女とまったく同じ服装だったのだ。

紺色のブレザー、ひざ上丈の紺色無地プリーツスカート。靴下は黒タイツ。靴は黒のローファー。

傍から見ると、同じ学校の制服のように見えるはず。

でも、その制服風の服装は自主的なもの。

いわゆるなんちゃって制服だ。

私はファッションに疎くて服もあまり持っていないから、登校のたびに服装を考える手間より制服のほうがいいと選んだ。さらに言えば背が低くて私服だと小学生に間違われることがあり、せめて制服コーデで年齢相応に見られたいという思いもある。

それにしても、目の前を歩く女の子、制服で主流のチェック柄スカートではなく紺色無地のスカートまで被るとはなんという偶然。

私は思わぬ服装被りの女の子に親近感を覚えたものの、見ず知らずの人にいきなり声をかけるのは怖いし相手も不安になるだろう。

今は声をかけずに学校に着いてからタイミングを見て挨拶をしてみよう。

 

そう思ったところで、私は女の子の歩き方がおかしいことに気づいた。

(あら……?)

彼女は左足だけつま先立ちするみたいに踵をつけないように歩いているのだ。もしかして……

(頑張れ、私)

いきなり他人に声をかける不安よりも何か問題を抱えている人を助けたいという思いが勝った私は、心の中で自分に気合いを入れてから勇気を出して女の子に声をかけた。

「あの、失礼します。足、大丈夫ですか?」

「えっ?」

いきなり声をかけられたからか、女の子は驚いたようだった。

その彼女の顔を見て、私は思わず息を呑んだ。

(すごい……こんなに綺麗な女の子がいるんだ……!)

そう、目の前にいる女の子は、まさに美少女といってよかった。

顔は小さくて、その中に配置されたパーツが完璧なまでのバランスで整っている。

顔面国宝、顔面天才、その他諸々、顔に関わるありとあらゆる褒め言葉が似合う。

私の容姿だってそんなに悪くない……はず。人には褒められるし、一部で妬まれるくらいには。

でも、目の前の女の子の足元にも及ばない。違いすぎて妬みも僻みの感情もわかない。

もちろん、顔だけじゃない。

背は私より10センチ以上も高いのかな(私は146センチしかない)。たぶん160センチは超えてると思う。

長い黒髪は艶やかでキラキラしているし、服を着ていてもわかるスタイルの良さ。足も細長くて綺麗。

とにかく見た目は完璧。

私は思わず見惚れてしまった。

「あの、なんでしょうか?」

女の子が戸惑ったように声をかけてきて、私は我に返った。

「あ、ああ、ごめんなさい!足、どうしました?」

慌てて謝る。そう、彼女の歩き方が気になり心配で声をかけたんだ。

「あ……はい、靴擦れをしてしまったようです」

女の子は困ったように言った。

思った通りだった。見ればピカピカの真新しいローファー。まだ履き慣れていないのだろう。

「やっぱり……絆創膏を持ってるんですけど、貼りますか?」

私はちょっとした救急セットをカバンに入れていつも持ち歩いている。滅多に使うことはないけれど御守り代わりだ。

「ありがとうございます。でも、今貼るのは無理ですね」

「あ……そうか……」

申し訳無さそうな女の子の足元を見て、私も改めて気づいた。彼女はタイツを履いているのだ。

これがソックスなら少し脱げば踵の患部に絆創膏を貼れただろう。でも、タイツだとそうはいかない。まさか、こんな道端で脱ぐわけにもいかないだろう。

「ごめんなさい。お役に立てなくて……」

「いいえ、心配してくださってありがとうございます。とても嬉しいです」

女の子は微笑みを浮かべてそう言ってくれた。でも、やっぱり足が痛むのかすぐに辛そうな顔になる。それなのに、

「あなたも鷺山中央へ行かれるのですよね?私はゆっくり行きますから、気になさらず先に行ってください」

女の子はそう言って丁寧に一礼すると、再び歩き始めた。でも、やっぱり辛そう。

ちなみに鷺山中央とは私の入学する高校の名前ね。


先に行ってくれと言われて「はい、そうですか」と言えるほど私は薄情な人間ではない。彼女の隣に並んで、歩調を合わせた。

「私の肩を支えにしていいですよ。一緒に行きましょう」

私の申し出に彼女は驚いたような表情を浮かべ、それから嬉しそうな笑顔になった。

「ありがとうございます。では、お言葉に甘えさせていただきますね」

そう言って女の子は私の右肩に手を添えた。

服装被りから始まったこれも何かの縁なのだろう。まだ名乗っていなかったので自己紹介することにした。

「申し遅れました。私は石田理子と言います。鷺山中央の新入生です」

「やっぱり同級生になる方でしたか。私も新入生で、大谷星海と申します。星に海と書いて、せいかと読みます。よろしくお願いします」

女の子は嬉しそうな笑顔を浮かべながら名乗った。

見た目だけでなく、名前も素敵。私の趣味は天体観測で星を観るのが好きだから、魅力的に感じられる名前だった。

それに⋯星の海。ステラ・マリスか。

ステラ・マリスといえば、海の星の聖母。

聖母マリア様のことだ。中学で宗教の時間に教わった。

確かに彼女の穏やかな微笑みはマリア様のイメージだ。

「私が歩調を合わせますから、ゆっくり行きましょう」

「わかりました。ありがとうございます」

大谷さんは聖母様というより天使様というような笑顔になってお礼を言った。

そして、私たちは学校へ向かって歩き始めた。


これが私と大谷星海さんの出会いだった。

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