JewelY-K/NighT-FeveR~宝石使いの少女たち~
大外内あタり
第1話 月の始まり
駅のガラス天井から射し込む光が、白の床石に反射して何とも言えない熱さを演出しているけれどもシャルロゥテ=フィヴァの関心は、目の前にいる泣きそうな『ママ』に向けられていた。
「ママ、たった一年だよ?」
その言葉にママと呼ばれた彼は、くりゃりと顔を歪ませて何度目かの抱擁をシャルロゥテにすると、
「わかってるわよぉ、それでもロティもアヤカも行っちゃうと思うと――」
泣くのを我慢しているママの背中を擦りながらシャルロゥテは一歩下がっていた幼馴染に目を向けて助けを呼んでみる。
しかしアヤカ=フォン=アメシストは肩を竦めるだけで逃げる様に、ママと同じく見送りに来ていた愛犬のポーを抱き上げ、荷物番という逃げ道を作り抱擁を逃れていた。
むう、とシャルロゥテは口を尖らせる。感動屋のママがこうなる事ぐらいシャルロゥテもアヤカも分かっていた。だからといって見送りはしなくていいと言うとママがショックを受けて今より大泣きするだろうし、育てて貰った恩を少しずつ返すためにも見送りをしてもらうは立派な恩返しだった訳で、
「マ、ママ……パパ遅いね」
どうにか落ちついてもらおうと、まだ来ていないパパの話題を出すとママはシャルロゥテの肩口から顔を勢いよく上げてホームの階段を睨んだ。
「仕方ないよ、今日は朝まで仕事だって言っていたからね」
そうアヤカが続けて「終わったらこちらに来るって言っていたけど」と付け足すとママの顔が悲しみから般若の様に変わり、場所を思い出したのか能面を作ろう。
「連絡してみるわ。まだ時間は大丈夫よね?」
頷く二人を確認してからママことレオ=ブランドンはヒールを鳴らしつつ離れた所で鞄から携帯電話を取り出して無表情のままパパことエイジ=オーギー=ブランドンの携帯電話へ攻撃をし始めた。
「……よし」
パパには悪いけど、と思いつつ解放されたシャルロゥテは小さくガッツポーズをとってアヤカの隣に戻りポーを撫でる。
「ごくろうさま」
「アヤ、逃げないでよ」
ポーを床に下ろしながらアヤカは小さく笑い、立ち上がってシャルロゥテと目を合わす。アヤカは夕焼けをさらに色濃くした紅の髪を揺らし、紫水晶に水を含ませた様な透明度のある紫の瞳を細めてシャルロゥテの右手を取った。
「アヤ?」
そんなアヤカの左手を条件反射で握り、シャルロゥテは幼馴染であり卒業修行のパートナーである彼女の顔を覗き込む。
アヤカはシャルロゥテより十センチほど高いため自然と覗き込むような体勢になる。身体を傾けつつ、シャルロゥテは黒曜石をそのままあしらった様な艶やかな黒髪を揺らし、日没に見る橙色の瞳で、じっとアヤカを見た。
「ロティに見つめられると困っちゃうね」
「なにそれ、褒めてる? 褒めてないよ?」
シャルロゥテの反応に一層笑みを深くしてアヤカは、どことなく嬉しそうにシャルロゥテの手を握り返した。
「緊張してる?」
そうシャルロゥテは言うけれども、幼馴染がこういった行動を起こす時はどういう時か知っていた。
「……いや」
「これから一年かけて、ぐるーっと周るんだよ。それで」
それで、とシャルロゥテは口を紡ぐ。アヤカも言葉を紡がずに少し離れた所で話しているレオを見つめた。
トルマリンの核を持ち、遠い誰かと意思を交わせる携帯電話を片手、電話口のエイジに何かしら言っているのだろう。怒った表情ではないものの呆れた感じの表情だ。
「十二年間、育ててもらったね、僕たち」
「うん」
アヤカは少し遠くを見ながら言う。それにシャルロゥテは頷くだけだ。感傷的になるのは趣味じゃないシャルロゥテは、あまり考えたくないけれどもアヤカが何となく言おうとしている事を察して黙る。
「考えは、変わらないね?」
「……」
シャルロゥテとアヤカが、彼らに元にやってきたのは二人が三歳の頃。そして三歳の頃に二人は故郷を失った。
「変わらないよ、わたしはお父さんとお母さんを助けに行く」
アヤカの手を強く握ってシャルロゥテは口にする。彼女たちの故郷パーピュアは汽車を乗り継いで都市フェブルアから辺境の地にある。順当に行けば一年の最後辺りに着く予定だ。
「……アヤカは?」
今度はシャルロゥテの手が強く握られる。人伝に聞いた話と彼女たちの記憶の中でパーピュアは最高純度の意志で作られたベルククリスタルに覆われ、人も獣たちも寄りつけない自然要塞になっているはずだ。
「もちろん、僕の父さんと母さんがいる。……助けたいさ」
それを作りあげたのはシャルロゥテとアヤカの両親だ。東西南北にある街の入り口にそれぞれ立ち、その身を以て災厄を防いだ両親たちを二人は憶えている。
街の人々の焦る悲鳴、避難を呼びかける両親たち、遠くから聞こえる地響き、シャルロゥテとアヤカが憶えている街の最後は長い黒髪をなびかせるシャルロゥテの母親の姿で、北の門を幼子たちに越えさせると手を離し踵を返して門の境界に立った。
その次の瞬間にはむせ返る程の熱量が辺りを包み上げ、瞬く間に形成された水晶は門をも巻き込み、雪と見間違えそうな程に細かく光る粒の水晶がシャルロゥテとアヤカに降り注いでいた。
憎たらしい晴天のせいで乱反射して見にくかったが水晶の中に母親が居るのをシャルロゥテは、じっと見ているしかない。そのうち水晶の形成された熱量が天に昇って雨を降らせても幼い彼女たちは互いの身体を抱きしめ合い、宝石の中に眠る人を見ているしかなかった。
シャルロゥテが気づいた時にはレオとエイジに保護され、中央都市ウーアの病院のベッドで起きた。
それから十二年間、育ての両親兼師匠と共に生き、ウーア総合学舎の卒業目前まで育ててもらった。
「わたしね、アヤと一緒なら何でもできるって思ってる」
「それは僕も同じ」
二人は分かっていた。卒業修行は決して無茶をするものではなく、卒業後に就きたい職業の実地訓練をするために設けられた一年間であることを。それに逆らい、そしてここまで育てて貰った恩のある二人に黙って、故郷の封印を解きに行こうとしている。
今はなんびとたりと近づけない故郷は、もし学んだ事が正しいのであれば封印を施した人物の血縁者である人間なら解ける可能性がある。それを知ってからシャルロゥテの気持ちは、すぐに決まったのだ。
「ロティ、僕の気持ちは決まっているよ」
アメシストの瞳がシャルロゥテの琥珀の瞳を見やる。
「……ん」
きっとパパとママに話せば止められるだろう、シャルロゥテとアヤカは知っていた。
あの封印解除は可能性であり、絶対ではないからだ。それも故郷に行く途中で見つけられるのならば見つけたい。しかし解答を見つけられなければ彼女たちの全ての熱量を掛ける。
その選択肢は、もしかしたら二人を死に至らしめる可能性があった。
「ありがと、アヤ」
「フフ、ちょっと早いよ。ロティ」
握り合った手は暖かく、眠れない夜に繋いだ時と一緒で心の底から安心する。
「ちゃんと帰ってきて、ママとパパにも言うんだよ?」
アヤカの言葉にシャルロゥテは目を瞬かせて「口にしないとね!」と笑った。
「わふぅ」
「もちろんポーにも!」
忘れては困ると言いたげに足元で小さく鳴いた愛犬にも笑いかけ、もう一度互いに顔を合わせた少女たちは背筋を伸ばす。
レオが階段を見ながら携帯電話を顔から離したのだ。同時に階段から白髪のオールバックで褐色に彩られた偉丈夫が慌てた様子もなく現れた。
「パパ!」
シャルロゥテの声に顔を上げ、満面の笑みを作ろうとした所でレオに耳を掴まれ引き摺られる様にこちらに来る。
アヤカの手を掴んだまま二人して駆け寄り、痛がるエイジを解放する為に抱きつく。そうすれば自然とレオの手が離れるからだ。
「おおう、悪かったな」
小ぶりの手提げ袋をレオに渡し、エイジはシャルロゥテとアヤカを優しく抱きとめる。
「お仕事おわった様で何より」
「おっそーい!」
大きな手が二人の頭を包む。いつもは冷静沈着なアヤカも何故かエイジには弱い。笑みを浮かべて掌を享受したのち、ゆっくりと荷物のある所まで戻った。
これで家族全員そろった事になる。
「さてと、あらやだ汽車が出るまで少ししかないじゃない」
ホームの天井からぶら下がった宝石時計を見たレオが顔をしかめ恨めしげな目でエイジを見るけれども、すぐに隠してシャルロゥテとアヤカを見た。
「……大きくなったわね」
二、三度、何を言うべきか悩んだ様子で口にしたのは感嘆に似た言葉で、それ以降が続かない。時間は発車まで十五分を切ってしまう。
「レオ」
言葉に詰まったのを助けたのかエイジが名を呼び、レオが居ずまいを正す。
「そうそう、パパが遅れた理由」
「仕事だよね?」
手に持った小袋に手を入れる姿を見ながらアヤカは首を傾げて言う。
「それもあんだけどよ」
レオに任せつつ、エイジは腰に手を当てて人好きのする笑みを浮かべた。
「ホント、パパも甘いわぁ。はい」
取り出された物を見てシャルロゥテの目が輝いた。如何にも純度の高そうなトルマリンが装飾された二つの携帯電話がレオの手にあるのだ。
「ケータイだ!」
「えっ、パパこれどうしたの!」
宝石の価値は純度や硬度、透明度があるほど高級品で携帯電話でも、かなりのランク付けがあり、そのランクによって通信具合が違うのだ。
「もう俺とレオの番号は登録しあっから、困ったら連絡しろ」
携帯電話に喜ぶシャルロゥテとランクが高そうな事に驚くアヤカをしり目に、してやったりと踏ん反り返るエイジの小脇をレオが突く。
「貧乏なのに!」
「アヤ、流石に俺は泣くぞ」
容赦ないアヤカの精神攻撃とレオからの物理的な攻撃に笑みを浮かべつつもエイジは肩を落とす。それでも純粋に目を輝かせるシャルロゥテを見ると落ちついたらしい。
「始まりのお祝い、だ」
「ありがとう、パパ!」
レオの手から受け取りシャルロゥテは早速、ポシェットの中に入れるとエイジに抱きついた。それを受け止めながらエイジは優しく頭を撫でる。
「お、頭、レオにやってもらったのか」
シャルロゥテの腰まである黒髪が編み込みの三つ編みが施され、後頭部ら辺で小さな宝石のついた髪飾りでまとめてあった。
「うん、ママがやってくれた!」
「一年間はできなくなるんですもの、やりたいじゃない」
エイジから離れて、その場で一回転するシャルロゥテはノンスリーブのワンピースに、動きやすそうな靴を履いて十五に見えるか見えないか、身長も百五十ほどしかない。
「さてと、パパに先を越されちゃったけど」
そう言ってレオが己の鞄から取り出したのは長方形の箱二つ。
「ママは何?」
アヤカは同じ様に首を傾げ、開けられる箱の中身をじっと見つめ出てきた品に目を見開く。
「び、貧乏なのに!!」
出てきたのは明らかに純度の高そうな五センチほどの長方形になった水晶のネックレスだ。
「アヤは現実主義ね」
「むしろ冷静すぎるだけだよ」
シャルロゥテのツッコミも届かないのかアヤカは固まったままで、そしてシャルロゥテは嬉々としてレオから首にかけてもらう。
「本当は、このまま渡して汽車の中で開けてもらおうと思ったんだけどね」
そう言ってレオは携帯電話が入ってた小袋に箱をいれて、袋ごとアヤカに渡す。
「そろそろだから汽車に乗っちゃいなさい。発車する前には部屋に行きなさいね」
宝石時計を見やれば発車の五分前を切っているではないか、現実に戻ってきたアヤカは床に置いてあった荷物を持ち上げて肩に掛ける。シャルロゥテも同じ様にしつつ心の底から嬉しそうに笑って二人に言う。
「ありがとう、行ってきます!」
「行ってきます、パパ、ママ」
アヤカもシャルロゥテと同じ様に笑いタラップに乗り上げる。
汽車の先頭も騒がしくなってきた所でレオとエイジも「いってらっしゃい」と口にした。
車両に吸い込まれていった愛娘二人を見ていれば五分はあっという間に過ぎて、汽車はゆっくりと動き出していた。
「あの子たち、最後まで相談してくれなかったわ」
「……帰るか」
泣きそうになるのを押さえつつ、エイジに寄り添っていたレオは悔しそうにしながらも笑みを作って「そうね」と返す。そしてふと足元を見て愛犬の姿がない事に気づいた。
「まさか!」
始まったばかりだというのに、初の携帯電話使用が別れてから十分もしないで掛けてしまうなど、まだ部屋を見つけていない二人は知る由もなく――。
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