M 第18話 狼牙族への襲撃

 小休憩を挟み、大森林支配を再開する時間になった。

 お手洗いに行ってる間にユリーシャたちは先に森林に降りちゃったから、今の私はひとりぼっちだ。誰か一人くらい待っててくれてもよかったのに。

 自分で言うのもあれだけど、文句をぶつくさ言いながら門の前の降下ポイントに向かう。


「お待ちしていましたメープル様」

『幹部の皆様は先に目的の場所へ向かいました。我らも向かいましょう』


 おっと。クラリネットちゃんとデインズは私のことを待っていてくれたよ。

 なんか感激だ。後で要職への取り立ても検討しなくちゃ。


「待っててくれてありがと。じゃあ、行きましょうか」

「はい!」

『どこから向かうつもりなのでしょう?』

「それがまだ迷ってるのよね。いいルートある?」


 私がそうデインズに尋ねると……。


『……まずはアトロヘル様が向かった狼牙族の集落はどうでしょうか? そこがここから最も近いです』

「なるほど。じゃあ、そこにしましょうか」

『狼牙族の支配を見届けた後、メルダ様が魚人共を殲滅する様をご覧になってはどうですか? 魔王軍や鬼人族はメープル様の覇道を知らしめるため、最高の絶望と恐怖と共に最後に打ち砕くべきだとミゼル様が仰っていたのでこの順がよろしいのではと具申します』


 ミゼルは一体何を教えているんだ。

 でもまぁ、順番に異論はないしその順で巡ることにしようかな。

 さて。そうなると最初に戦闘を見るのはアトロヘルになりそうだ。情け容赦ない戦いはこの世界でも健在だろうね。


 狼牙族がどんな顔を浮かべるのか。自分たちの決断を後悔することになるのか。

 嗚呼、それが今から楽しみだ。


「行きましょう。デインズはクラリネットちゃんを乗せてあげて」

『はい!』


 クラリネットちゃんがデインズの背に乗ったのを確認して飛行魔法をかけてやる。

 これでデインズも飛べるようになったから、私の後に続くよう命じて飛び降りる。


 いざ行かん! 狼牙族の集落へ!


◆◆◆◆◆


 デインズ道案内の元、しばらく空を飛び続けて狼牙族の集落近くに着陸した。

 上空から見て一目瞭然だったけど、向こうはかなり軽快してたね。集落の周りを覆うように柵を張り巡らせていた。

 ただ、一部が綺麗に切り裂かれていたのは間違いなくアトロヘルの仕業だろうな。


 この様子だともう戦いは始まっていてもおかしくない。

 残念ながらミゼルの戦いは見逃しちゃったけど、なるべくこっちの世界での四天王の戦いは見ておきたいから急がないと。


「我が名はギルモ! この集落の狩猟頭にして、お前を倒し皆を守る者だ!」


 おっと、何か聞こえてきたぞ。

 言葉から察するに、戦いが始まる前の口上ってやつかな。ギリギリセーフで間に合ったみたい。


 身長と同じくらいある鬱陶しい草をかき分けていくと、ようやく集落が見えてきた。

 っと、アトロヘル発見。わざわざ切り倒した柵の近くじゃなく、律儀というかなんというか集落の入口の前で大勢の狼牙族と睨み合っている。


 剣の柄に手を触れさせていないのを見るに、完全に舐めきっているわねあれは。無理もないことだけど。

 で、あの狼牙族もすごいな。特に白い毛並みのやつ。

 アトロヘルは舐めているとは言えかなりプレッシャーを振りまいている。にもかかわらず少しでも片足を前に出せているなんて。

 さっきギルモって名乗っていたのはあの白い毛の狼牙族で間違いないと思う。


「少しだけ、見所はあるようだな。……偉大なる我らが魔王、メープル様に代わり、腹心たるこのアトロヘルが一騎討ちの相手をしてやろう」


 おぉ、なんかすごく武人っぽい。格好いいなあれ。

 アトロヘルはシンプルにキャラとして好きなんだよね。やっぱり私の作り方は間違ってなかった。


「いいぞやれー! 頑張れ頑張れアトロヘルー!」

「が、頑張ってくださいアトロヘル様ー」

『やってください!』


 調子に乗って声援を飛ばすと、なんかクラリネットちゃんとデインズもアトロヘルの応援を始めたのが笑える。


 私たちの声に気付いたのか、白い毛の狼牙族がこちらを向いた。


「鬼人の娘に……その姿はデインズか!? ということはお前は――」


 何かを言いかけた途端、空気を切り裂く衝撃波が飛んだ。

 見るとアトロヘルがどこからか取り出した小刀を懐に片付けている。


「メープル様をお前呼ばわりなど、身の程を知れ下等種が」

「ッ! やはりあれが魔王メープル……!」


 度胸あるなあいつ。私のことをお前呼ばわりして切られかけたのに、今度はあいつ呼ばわりなんて。

 またアトロヘルが攻撃しようとしてたから、それじゃ面白くないと思って手で制止する。


「そう。私が魔王メープル。お前たちの新しい支配者だよよろしくね」

「ほざけ! まだ認めたわけじゃないぞ!」


 うんうん私に対しても元気よく啖呵切ってくるその姿勢、いいね。

 それでこそ楽しみ甲斐があるってものよ。


「そのための一騎討ちだもんね。結果はもう分かりきってるけど……精々頑張って。じゃあ始めましょうかアトロヘル」


 そう命令を出すと、地面が揺れ始めて狼牙族たちが慌てふためく様子が見て取れる。

 次の瞬間、地面が割れて氷で作られた闘技場が地中から飛びだしてきた。氷の床はアトロヘルとその相手の狼牙族、そして私とクラリネットちゃんとデインズを乗せて天高く伸びていく。


 上空1000メートルでの一騎討ち。

 さぁ、見せてもらいましょうか。狼牙族の意地、最後の輝き、そしてアトロヘルの圧倒的な戦いを。

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